第4回 CHICAGO - 追憶のOh Stevieばーさん -
アメリカ合衆国の「シカゴ」という都市に、どのようなイメージをお持ちだろうか。
日本人であれば、かつてのシカゴの暗黒街のボス、アル・カポネを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
スポーツ好きなら、プロバスケットボールのシカゴブルズや、福留孝介や川崎宗則が所属していたメジャーリーグのカブスを想像するだろう。
シカゴのスポーツはそれだけでは語れない。他にももう一つのメジャーリーグ球団ホワイトソックス、アメリカンフットボール(NFL)のベアーズ、アイスホッケー(NHL)のブラックホークスと、アメリカ四大プロリーグが揃いに揃っている。
その事実だけで、どれ程巨大な都市かは想像がつきやすいだろう。
一時は世界一の高さだったウィリス・タワーを含め、300mを超えるビルが林立する中心地から少し郊外に出れば、映画「ホーム・アローン」の舞台となった優雅な邸宅が立ち並ぶ高級住宅街が広がり、もう少し郊外へと進めば緑溢れる森も広がる。誰しも理想的と感じてしまうかのような街だ。
まぁ、そうでもないのだが。
私は小学校時代、親の都合でニューヨークで二年程生活した。ニューヨークは札幌並に寒い街だったが、その後移ったシカゴはより過酷な街だった。
意外に思われるかもしれないが、シカゴの気候は『亜寒帯湿潤気候』で、夏は夜8時まで日は沈まない高緯度地方である。
夏冬の温度差は、私が経験した限り、最大で摂氏約70度。
夏の平均気温は20℃程度だが、熱された内陸からの風が吹き込むと、一時的に40℃を超えてしまう。冬は北極圏からの冷たい空気が流れ込み、マイナス30℃近くまで下がる事すらあるのだ。
私の家族や他の日本人はある程度高級住宅街に住んでいたが、その高級住宅街であっても、近くの森から攻撃的な巨大鹿がやってきて庭草を食む事もあれば、最近テレビで話題になっていた超巨大イノブタの目撃情報もあった。
どんな化け物か知りたければ、「Illinois deer」と「Hogzilla」で画像検索していただきたい。
前途の通り、シカゴの夏は酷く暑いことがあるので、ミシガン湖へと湖水浴へ行くのが定番だ。
五大湖の一つ「ミシガン湖」はあまりにも大きく、海と同様に砂浜がある。そして普通に海のような波が襲ってくるが、襲ってくるのは真水という不思議な経験が出来る。
いくら暑い日でも、日本と違って風自体は涼しいので家にエアコンは付いていなかった。窓さえ開ければ涼を得られる。
だが、冬は極めて過酷だ。
無声アニメ『スノーマン』をご存じだろうか。
少年が自分で作ったスノーマンと夢の中で旅をする短編アニメで、アメリカでもヒットした。
しかし、シカゴでは『雪だるまなんて都市伝説』と思っている子供が多かった。
マイナス20℃より寒い地域では、そもそも雪は常にパウダーを通り越して片栗粉状なので固められないのだ。当然、『雪合戦』は浜辺で水をかけ合うようなやり方しか出来なかった。そして、季節が変わると一気に溶け去り、牡丹雪が降る事すら無かった。
本物の粉雪は危険なもので、屋根から落ちてきた雪を被ろうものなら、粉を被った状態と一緒で窒息死するともいわれていた。
それ程にシカゴの冬は厳しいのだ。
長々とシカゴについて語った理由は他でもない。
これ程に両極端な夏と冬のシカゴの気候の中、ナイトガウンをパジャマの上から来ただけのばあさんが、外のベンチに一人座り続けている事など有り得ないのだという事を主張したかったからだ。
ましてや、ずっと同じ言葉を口ずさみながらなど、絶対に生身の人間では有り得ない。
「Oh Stevie~~! Where have you been~~?」
(おおスティーヴィー、どこへ行ってたの~?)
などというよくわからない言葉をリズミカルに口ずさみ続ける事など有り得ないのだ。はっきりとはしないが、こう言っていたと思う。
そのばあさんを初めて見たのは確か秋口。
二階の自分の部屋で学研の本を読んでいた時のことだ。歌声が聞こえるので窓の外を見ると、斜め向かいの家の庭に置いてある飾り物のベンチにそのばあさんは座っていた。
風が吹いても一切ガウンの裾が揺れないので、そのばあさんはすぐによろしくない存在だと気付いた。
この頃、変なものを見ても、家族には言えなかった。こんな話をすれば父は酷く怒り、母親も自分の家系のせいだと落ち込むので、ほぼ話せなかった。姉にも話しづらい。姉は明らかに私よりも変なものをたくさん見ているのだが、強がりで現実主義的なところがあり、自分で見たものすらあまり信じようとしていなかった。
つまりその当時、私はこのばあさんとたった一人で対峙するより無かったのだ。特になんらかの対処なんて必要ではなかったのだが。
私はこのばあさんから大切なことを学ばせてもらった。
まずこのばあさんこそ、私の見える見えないには周期がある事、そして必ずしも他人には見えぬものの全てに害があるわけでは無い事を教えてくれたのだ。ばあさんが立ち去っていたという可能性も無きにしもあらずだが、当時の私はそうは考えなかった。今もそう思っている。
このような手合は、そこで時間が止まっているのが常だからだ。無論絶対そうだとは言い切れないのだが。
ばあさんはただ同じ歌めいた台詞を繰り返していた。そして不思議と、あまり怖さは感じなかった。
このばあさんが見える時、当時飼っていた愛犬を盾に近寄ってみた事があるのだが、そのばあさんはとにかく満足そうだった。
怖くて目は合わせられなかったが、ばあさんはやや上を見ながら、誰かに語りかけるでもなく、「Oh Stevie~~」と、微笑みながら口ずさみ続けていた。
まだ小さかった私は、あのばあさんについて怖いなぁとしか思う事など無かったが、今思えばきっと、あのばあさんは好きであの場所にいたのだと思う。
あそこでずっとStevieという人物を待ち続けていたかったのか、それともStevieという人物が帰ってきて喜びがそのまま残ってしまったのか。当然調べようもなかった。
これは日本の霊とアメリカの霊の差なのか? と問われてもサンプルケースが少な過ぎて分からない。
ただ、いろいろなことを学ばせてくれたばあさんであった事。それだけは確かだった。
アメリカは地域にもよるが、家はリフォームする物であって潰して建て替えない。
Google ストリートビューでかつて住んでいた家を見てみると、家の外壁の色以外はほぼ変わっていなかった。
ただ、あのばあさんが座っていたベンチは無くなっていた。いい加減ばあさんも自分の在るべき場所へと帰っていったものであると、願うばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます