第22回 シングルベットでなんらかと

 更新が滞っていたのには理由がある。

 さる2019年2月。私は数値上は重度の自閉症である事が発覚したのだ。隠れ自閉症というらしい。

 昼を過ぎると異常な眠気に襲われるので医者にかかったのだが、多くの検査を受けた結果、思わぬ大きな疾患が発覚してしまったのだ。

 その原因は神経伝達物質のノルアドレナリンの分泌量が少ない、もしくは使われずにすぐに吸収されてしまうので脳が休眠状態に陥ってしまうという先天的な脳の症状だった。それほど珍しいものではなく、いわゆるADHDの人に多いらしい。

 自閉症患者は自分の秀でている部分が自己評価となり、自分は他人よりも優秀で正しいと思うようになる傾向がある。しかし、他人からの評価は頭の回転が遅くてどんくさい奴という評価になり、結果として自己評価と他人からの評価の大きな乖離が社会への適応を妨げてしまうのだ。

 私の場合は他人にかなり抑圧されていたからか、自分は鈍い愚か者という認識があり、低い方に自己評価が合わせていたために社会にある程度馴染めていたらしい。

 幸い、自分に合った薬を処方される事によって、今は昼間の眠気はほぼ解消出来ている。

 しかしその薬に脳が慣れていないからか、仕事で脳の体力を使い果たしてしまい、仕事以外の事で頭を使う事が全く出来ない日々が続いていたのだ。

 そして数ヶ月、やっと脳がこの状況に慣れてきたという次第である。


 正直、このれーかんにっきは閉店だと思った。

 脳に疾患を持っている私が見てきた幻影に他ならないと思えたのだ。

 そこで私は勇気を出して、「色々謎の何かを見ていた時期があるんですが」と先生に相談してみたところ、幻視幻聴の類いが倍加するような報告はないので、科学的な解明を待つよりないというつれない回答だった。

 以前にかかっていたれーかん持ちの精神科医の先生にまた相談しようとも思ったが、ともかく、科学的に何も解決しなかったので、れーかんにっきは継続とする。



 ここからがやっと本編である。

 今回の話はシャ乱Qが『シングルベッド』をリリースしてから5年後のことである。つまりこの話とこの曲は一切関係が無いことを、予め申し上げておく。


 時は1999年。大学に入ってしばらくし、初めての一人暮らしに翻弄されていた頃のことである。

 今思えば、この始めての一人暮らしをした1Kのマンションこそ、本当の地獄の始まりだった。元々変な経験は色々していたのだが、一人だけでいる状態では比較にならないほど人の心は脆弱になるものだと、私は初めて自覚した。

 もちろん、一人暮らしがとても居心地が良いという人もいるだろうが、私にとっての一人暮らしは苦痛きわまりない行為であった。

 しかし、このシングルベッドで何らかと同衾(?)することが希に発生すると、ああ、私は一人で生きていく方が良いのだなと思うようにもなった。


 おかしな事が起き始めたのは、一人暮らしを初めて何ヶ月目くらいかは覚えていないが、とにかく一年目だったことは覚えている。大学の授業で知り合った一学年年上の先輩が近所に住んでいる事を知り、よく私の部屋に出入りするようになった。車通学というナメた行為をしていた私はちょうど良い足だったからだろう。

 そんな一人の寂しさを紛らわせてくれる相手を見つけてすぐの事だった。

 掛け布団に使っていた羽布団の真ん中が、大きく凹んでいたのだ。しかも、何かが寝転んだ直後を思わせるほどくっきりとしていた。

 寝転んでいた何かの全長は恐らく180cm程度。横にも大きい跡だった。

 前途の先輩にカギは渡していたが、先輩の身長は150cmくらいの痩せても太ってもいない体型だったのであきらかに違う。私自身も160cmくらいしか身長がない。

 順当に考えれば、先輩が男を連れ込んだという事だ。


 だがしかし、今の近くにいてくれるという関係性を崩したくない私は、先輩に問いただす事はできなかった。

 ただ、他の人を部屋へ入れる時はショートメール(※当時はまだiモードも一般的ではなく、SMSくらいしか会話以外の通信手段はなかったのだ)をくださいと言うに止まった。先輩は人様の家にそんな事はしないと請け合ってくれた。


 そんな寂しさを紛らわせてくれる相手がいる生活は数ヶ月で終わってしまった。

 先輩が午後の講義をサボろうと言ったので私も一緒に講義も部活もサボった日の事だった。

 ちなみに先輩は女子だが、私の関係には一切の色気はない。あしと時間を気にせず使えるパソコン、そしてほんの少しの寂しさの埋め合わせ。それが先輩との関係の全てだった。

 でも、異性が家に来るという優越感は何事にも代えがたいものだった。全寮制高校出身者はその程度で満たされてしまうものらしい。


 ここまでは青春の一ページとも言えなくはないが、私の人生はそう楽をさせてくはくれない。

 羽根布団がまた、大きく凹んでいた。

 昨日は私しかおらず、朝も言わずもがなだ。

 つまりは泥棒の仕業か、私が嫌っている何かの仕業だ。入居時にカギは替えたものの、どこにでもあるカギだ。ピッキングくらいされてもおかしくはない。だが私は実体を持った侵入者の仕業ではないとほぼ確信していた。

 凹みはかなりはっきりしていた。見える期ではなかったので全く分からないが、なんとなく現在進行形でベッドに何かが横たわっている事は察せられた。

 私は飛び起きながら羽布団を隅っこにぐちゃっとまとめ、テレビの前に体育座りを決め込むよりなかった。

 先輩は私の変な行動を気にもとめず、パソコンでレポート用の文章を打ち始めていた。


 さて、困った状況になった。

 座椅子でパソコンを打つ先輩、その背後には何かが横たわっているかもしれないベッド。14型の小さなブラウン管テレビの前のわずかなスペースに座り込んだ自分。6畳1Kは『三人』には狭すぎる。

 とりあえず、考えをまとめようと先輩を早めの晩ご飯に連れだそうとしたところ、


「作るから待ってて」


 と、先輩はいきなり立ち上がって部屋を出て行ってしまった。呼び止める間もなかった。

 スーパーは徒歩十分ほどの駅前だ。買い物をして帰れば最低でも三十分はかかる。かといって一緒に行きますなんて言えなかった。当時の私はガツガツした行動を取ったら引かれると思っていたのだ。荷物持ちくらいしろよと過去の自分を罵りたい。

 それはさておき、何かはそこにいるのか、それとも気のせいか。見えない期の私には分からなかった。


「ただいま」


 だが、先輩は10分ほどですぐに帰ってきてくれた。近くの自分の部屋にある食材を取ってきただけだったのだ。

 すっと心が軽くなった。先輩が入ってきたのと入れ違いで、ベッドの上の何かは去って行った。そう私は確信できた。


 23時を回り、空になったはずのベッドは早寝の先輩に譲り、私は座椅子で眠気が来るのを待ちながらパソコンをいじっていた。

 今では考えられないが、この頃は23時のテレホーダイという時間でないとインターネットを定額で楽しめなかったのだ。私のようなオタクにとっての本番はこの時間からだ。

 その数分後だった。


「うぅえ、うぅえ」


 女性の目一杯の低い声だった。先輩の寝言かと思ったが、寝言にしてはやけに明瞭だった。もしかすると、何かが気管に詰まったのかもしれないと思った私は先輩を揺すって起こした。

 その瞬間、先輩は何故か私の手を取って自分の口に押し込んだのだ。

 先輩は何かを叫んでいた。それが私にはこう聞こえた。


「とって! とって!」


 訳も分からず、私は先輩の口から自分の指を引き抜いて取りましたと言うと、先輩はそのまま目を閉じてしまった。私は慌てて救急車を呼びますと携帯を掴んだが、先輩は飛び起きて、夢を見ただけだから大丈夫と言ったが、結局その日は朝まで先輩は寝ようとしなかった。私もそれに付き合ってそのまま起きていた。


 先輩は怖い夢を見ていたと言っていたが、具体的には覚えていなかった。

 なので、ベッドにいた何かの仕業なのかは分からない。私の手が先輩の喉に詰まっていた何かを引っ張り出せたかも分からない。

 ただその一件を境に、先輩が来る頻度はがくっと下がり、来ても夜は泊まらずに帰るようになってしまった。

 そしてすぐ、先輩は大学の近くに引っ越してしまい、私の部屋には来なくなった。

 そして私はといえば、先輩を怖がらせた何かにやり場のない怒りと恐怖がない交ぜになった感情を処理できないまま、一人嫌な気分でその部屋に住み続けるよりなかった。

 そして、ベッドに跡を残す何かとの戦いはその後もより嫌な目に遭う事になるのだが、今回は長くなってしまったので、別の回でお話ししたいと思う。

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