第14回 先輩、連れて行けないんで勘弁していただきたく
この話は、以前にも登場する学生時代の寮生活で味わった嫌な体験である。
寮のとある階に用がある度、その廊下に陣取る先輩がいた。
恐らく、そんなところにずっといるし、自分は当時一年生で、面識がないから先輩なのだろうと思って先輩と呼称しておく。
とにかく、くっきりと人に見える何かだった。
髪の毛は五分刈りでしっかりジェルで固めてあって、少し面長。
灰色のブランド物のパーカーにトレパンにビーチサンダル。
もう、ほぼ普通の人である。
初めて遭遇した際、私はこの『連れてって先輩』の前を通過するまで存在を気にもとめずに、ただ前に立っていたので避けるように通過した。
「連れてってよ。連れてけよ」
と、声をかけられ、私以外いなかったので、思わず、
「おはようございます」
と、他の先輩にするような挨拶を返してしまった。
すると『つれてって先輩』はべったりと背後に張り付くようにつきまとい始めた。
愚かにも私はその時点でも『連れてって先輩』が生きている人間ではない事に気付いておらず、ただ、気持ち悪い先輩だなぁと思ってそのまま廊下を抜け、用がある部屋へと入った。
用を終え、同級生と部屋を出ると、先輩はまだそこにいて、また私に寄ってきた。
そしてまた同じ一言。
「連れてってよ」
と、いうのだ。
スポーツ部で上下関係には厳しい同級生は一切それに反応しなかった。そこでやっと私はこれが違う何かである事に気付いたのだ。先輩は私に触っているのに、一切感触がなかったのだ。寒気なども何もない。
「連れてけよ」
なかなかの恐怖ではあるが、『連れてって先輩』はその廊下を抜ければ付いては来なかった。というか、すっと消えていく。
全くもって面倒な存在だった。
何かをしてくるわけではないのだが、私にはこの存在かが者かなどは一切分からないし、これからもつきまとう以外、何もしてこないという保障もあるわけがなかったので、ひたすら怯えていた。
こちらが先輩の存在に気付くような素振りを見せると、先輩は近寄ってきてつきまとう。
私が見える周期に入っていなければ当然見えなくなり、ストレスも少ないのだが、見える期に入ればその姿をはっきりくっきりと確認出来てしまうのだ。
当然、そこに気味の悪い物という因子も含まれ、見ればすぐにドキリと驚いてしまう。
そこで、私は考えた秘策にもならない三つの事を試してみたのである。
一つは廊下を通らないこと。
誰も一緒に来ていない時は、廊下の外の茂みを移動し、用がある部屋の窓から侵入する。これは他人が見ていたらあまりにも恥ずかしいため、一度しか実行出来なかった。
二つ目。ダッシュ。
たかだか50m程度付いてこられるだけなので、猛ダッシュ。
これもまた、恥ずかしくて駄目だった。
三つ目。気付かないふり。
斜め下の3m先くらいだけを見るイメージで下を向き、視線を『連れてって先輩』にバレないようにしたのだ。
『連れてって先輩』のビーチサンダルが視界に入っても一切態度を変えず、そのまま通過する。
結局、三つ目が功を奏し、『連れてって先輩』は付いてこなくなった。
私が見るよからぬものは、恐らくずっと同じ日・同じ時間を繰り返しているように見える者ばかりだった。
相手は何も学習しないただそこにとどまっているだけだ。
このような対処療法で十分なのである。
どうしても何かが居る場所を通らなくてはならないなら、斜め下を見て、その何かを確認しても、一切反応することなく、歩行速度も変えずに通過する事。
相手は見える人間を求めている。恐らく本能的に助けを求めているのだ。
だが、あなたにも私にもそれに何かが出来ることなどない。
余分な優しさはただ相手に期待を持たせるだけで、より深く傷つけるだけだから、気付かないふりをして通り抜けることをお進めする。
もちろん、状況によっては別の対処が必要かも知れないが、私が経験した限りでは、無心で通り過ぎる事で、なんとか逃げおおせたのだ。
しかし、『連れてって先輩』の被害はこれだけにとどまらなかった。
それはそのうち詳細な出来事を思い出せる事があれば書くことにする。
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