二十曲目 全力REAL LIFE①

「マナちゃん、昨日のことだけど……路上ライブやるって、本気?」

「うん、本気だよ!」


 路上ライブとの運命的な出会いを果たした、その次の日。わたしたちはいつも通りレッスンを終え、今日もお馴染みのカフェで向かい合っていた。


「でもあんなに人多いところで歌うなんて……」

「大丈夫、きっと楽しいよ。それにセリちゃんだって、前に『歌うことが恥ずかしいなんて絶対ないんだから!』って言ってたし」

「うう、それは確かに言った記憶がある……」

「それに、わたしたちを知ってもらえるチャンスだよ!」

「でも、許可がないとやっちゃいけないんだって」

「へえ、そうなんだ! それじゃあ許可を取ろう!」

「それが、大きいイベント絡みじゃないとなかなか許可が貰えないらしくて」

「そっかあ……じゃあ、無理やりにでもやっちゃう?」

「ダメだよ! 警察の人が注意しに来るらしいし……」

「……セリちゃん、意外と熱心に調べてない?」


 話を聞いていると、何だか路上ライブに関してやたら詳しい。


「でも、マナちゃんがどうしてもやりたいって言うなら……これ見て」

「……セリちゃん、本当は乗り気なんじゃない?」

 彼女が差し出してきたのは、一枚のチラシ。そこには、でかでかとこう記されていた。


『路上ライブアーティスト求む!』


「これは、なに?」

「昨日市役所に電話してみたら、こういうのがあるって教えてくれて。それで今朝チラシをもらいに行ってきたんだ」

「路上ライブアーティスト、求む……か」

「うん、この市からアーティストを産み出そうって企画らしいの。それで、この市出身の音楽ディレクターさんが応募者を審査して、合格したら市のお墨付きで堂々と路上ライブができるんだって」

「いいじゃんこれ! しかも応募期限明日だ……これはやるしかない」

「ほんとに、やるつもりなの?」

「もちろん! ダメだったらまた考え直せばいいし、やってみなくちゃ分からないよ! だから、ね?」

「マナちゃんがそこまで言うなら……うん、私もやってみるね!」

「セリちゃん……よし、そうと決まれば急いで申し込まないと!」



 そこからのわたしたちの行動は早かった。

 応募用紙を市役所に提出し、二週間後にオーディション。他の組のパフォーマンスも何となく見ていたが、敵はいないように思えた。

 そのまた二週間後、残暑が続く中、結果が郵送されてきた。案の定トップ通過で、見事路上ライブの権利をゲット。三日後から一ヶ月間、わたしたちは駅前で堂々と歌うことができる。

 ちなみに一位になると、最も人目に付く場所が与えられるうえに、指定された音量を超えなければマイクやアンプも使うことができる。アンプというのは大まかに言えばスピーカーのような物なのだが、それやマイクなどは安価なものではない。それも支給されるので、本当に素晴らしい企画だ。


 必要な物は全部揃っている。あとは、わたしたちが歌うだけ――どれだけ響かせられるか、どれだけ爪痕を残せるか、どれだけ楽しめるか。

 いよいよわたしたちの、本当の夢路が始まったのだった。




「――いよいよだね、マナちゃん」

「うん、そうだね」

 そしてついに、路上デビューの日がやって来た。

 放課後の午後七時、駅前。スクールには休む許可を得ている。自作の看板には『MUSIC EXCHANGE』の文字、二人で急遽決めたグループ名だ。 『EXCHANGE』の意味は『交換する』といった感じ。歌を交換する――早い話が、みんなで歌い合おうってことだ。


 雑多なこの場所に、わたしたちのファンは誰もいない。わざわざ聴きに来る人もいない。それどころか、わたしたちのことを知っている人すらいない。

 この場所で、何ができるか――それを見つけるのはこれからだ。


 新たなる門出を飾る曲は、LGMの代表曲『キミが好きだ』。わたしたちは、精一杯息を吸い込んで歌い出した。



 と、思いきや、なんだか様子がおかしい。あ、あれ? セリちゃんの声ばかり大きくて、わたしの声が全然響いていない? もしかして機械が何か壊れた!?

 焦って横を見ると、セリちゃんが歌いながらわたしの手元を必死に指さしている。

 ということは、マイクが壊れたのか……と思い手元に目を落として、生まれて初めて『目が丸くなる』という現象を体験した。


 なんと、マイクを逆さまに持っていたとは。


 あれだけ自信満々に誘っておいて、緊張していたのは結局わたしの方だったということか。

 顔から火が噴き出しそうで、一番はほとんどまともに歌えなかった。


「大丈夫だよマナちゃんっ。これからこれから!」

 間奏が流れている中、隣から励ましの声が聞こえる。セリちゃんの方がよっぽど冷静じゃないか。

 ――わたしだって負けてないんだから! これは単なる素人の路上ライブ、楽しんだ者勝ちなんだから!



 そこからは快調に響かせたわたしたちの歌声は、約一時間をもって終了した。


「あー楽しかったね、初路上ライブ! 一時間なんてあっという間だった!」

「ほんとに! まぁいきなりマイクを逆さまに持って歌い出した時には、さすがに驚いたけどね~」

「ちょ、ちょっとセリちゃん! 思い出させないでよ~!」

「あはは、ごめんごめん! だけどさ、思ったよりも立ち止まってくれる人とかいたりして、初回にしては上出来なんじゃない?」

「うん、いい感じに手応えも掴めたと思うよ」


 ライブが終わり、帰り支度を済ませ撤収、喧噪な駅前を離れて閑静な住宅街を歩く。

 余韻に浸りながら、星が落ちてきそうな空を見上げていた。


「……ねえ、この前聞いた話なんだけど」

 わたしも負けじと路上ライブの情報を集めていた時に出会った、夢のエピソード。

「路上ライブ出身のとあるシンガーが、武道館ライブまで上り詰めたって話」

「そんな人もいるんだね……」

「わたしたちも、そう、なれるかなぁ……」


 夢が空に溶けてしまいそうな夜。いっそこの無数の星に願いを託してしまおうかなんて、弱気に手を伸ばしかけた時。

「絶対行けるよっ!」

 進むべき道を光で照らしたのは、セリちゃんだった。

「私たちなら、どこまでも行ける! 武道館だって、アリーナだって、世界にだって!」

 わたしたちは星になんか願わない。欲しいものは、自分の力で手繰り寄せる。そう歩むと決めたばかりなのに。背中も押してもらったばかりなのに。

 今度は相棒に背中を押されてしまった。情けない限りだ。

 決意なんて、どうせその場限りのモチベーションに過ぎない。だけど、わたしの隣には、いつも味方がいる。この仲間がいれば、支え合っていれば、自分たちだけの道を進んでいける。そう思う。


「――そうだよねっ! こうなったら、武道館なんて通過点にして、どこまでも突っ走ってやる!」


 わたしたちは、若くて、青くて、果てしない夢路を駆け抜ける。まだスタートラインにすら立てていない。だから今は、ひたすら駆け抜ける。言うだけならタダだ。だったらいつだって、熱い目で夢を見ていたい。それが叶って現実になったって、その足で次の夢に向かいたい。

『MUSIC EXCHANGE』――みんなで歌おう。そうすれば、きっと楽しい。いつだって、楽しい道に進みたいから。胸が躍る体験を積みたいから。


 それがわたしたちの原点。それだけは忘れない。だから、この二人なら、どこまでも楽しい景色を見られる――そう感じたんだ。




 そして路上ライブを続けること一週間――わたしたち『MUSIC EXCHANGE』に、初めてのファンができたのだった。

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