ウタヒメ-最強の歌声は刃の如く-
夜野さくら
プロローグ
はじまりのうた ーゼロー
――空には青が、草には風が、そして、唇には歌が溢れ出す。
「郵便局はたしか、こっちであってたよね。ここをまっすぐ行って……」
その少女は、まるで跳ねる音符になったかのように、無邪気に道を駆けていく。
「そしたら次を曲がって……それにしても、今日はいい天気だなあ!」
小さな身体を大きく使い、暖かな陽気に溶け込むような、楽しい歌を歌いながら。
「だけど、お手紙なんて初めてだからドキドキしちゃう……ちゃんと読んでくれるかなあ」
彼女の世界は、空があり、風があり、歌があり、思いを馳せて悩む人もいる、小学5年生にとってごく普通の、ありふれた鮮やかなものだった。
「よーし目的地までもう少し、ダッシュ!」
交通事故に遭う、この瞬間までは――
奇跡的に一命は取り留めたらしい。
だけど、目が醒めた時には、見える世界は何もかもが変わってしまっていた。そこには当たり前のようにあるはずのものが、どれもなくなってしまっていた。
鮮やかだった空の色も、楽しかったはずの歌も、それまでの一切の記憶までも。
覚えているのは親の顔と名前、それから『岡本マナカ』という自分の名前くらい。そんな状況を、彼女は受け入れられなかった。
そしてそのまま時は経ち、心を暗く閉ざしたまま彼女は高校生に――そんな彼女がとある夢を掴むのは、まだまだ先のお話。
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