何も持たない田舎から

一曲目 はじまりのうた①

 今日は高校の入学式だ。新しく通う高校へと続く、川沿いの道を母と並んで歩く。頭上を桜の花びらが舞っている。まさに春って感じの暖かさで、桜もなんだか嬉しそうだ。

 高校へ到着すると、新入生やら、部活の勧誘をする在校生やらでごった返していた。ちなみに部活に入るつもりはない。他にやりたいことがある。たくさんの人の間を通り抜けて、ようやく入学式を行う体育館へとたどり着いた。


 式が終わり、緊張しながら新しい教室へと向かう。隣町の高校へ入学したから、中学からの知り合いはあんまりいないし、いても話したことのない人ばかり。

 人と仲良くなるのはあまり得意じゃないから、とても不安だった。


 教室へ入ると、あちこちで輪ができていて、 活気付いていた。やっぱり知り合いはいないようだ。

「えーと、わたしの席は……」

 窓際の1番後ろの席だ。ポカポカして眠くなりそうな席。ちょっと嬉しい。


 窓の外を見ると、川沿いの桜並木が一望できる。川に光が反射して、桜も輝いて見える。ここからの眺めがあれば、ずっと一人でも平気かも、なんてことを思っちゃったりもした。

 そんな景色に見惚れていると、

「お前、マナカか……? 岡本マナカだよな……?」

 突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、驚いて振り返ると、

「やっぱり! マナカじゃん! 久しぶりだなあ!」

 そこには見たことのない男の子が立っていた。

「え、なんで私の名前知ってるんですか……?」

「俺だよ、俺! 佐々木太一! お前の幼なじみじゃん! 小さい頃はよく遊んだよなあ、山で虫取ったり、川で水切りしたりしてさ! 小学生の頃マナカが引っ越しちゃってからそれきりだったけど、高校でまた会えて嬉しいよ!」

 佐々木太一……幼なじみ……全く分からない。人違いじゃないの……? でも名前知ってたし……。

 そんなことをいろいろ考えてると、

「あれ、ほんとに、覚えてないのか……?」

 佐々木太一という男の子は、不安そうな顔で私を見つめる。

「……ごめん、分からない」

「いや、やっぱ冗談に決まってるよな! だってあんなに仲良く……」

「だから! ほんとに分からないんだって……っ」

 少ししつこかったので、つい語気を強めてしまった。

「そ、そうか。じゃあ、仕方、ないよな。俺の方こそごめん。何か、困らせちゃったな」

 そう言って寂しそうに少し笑うと、男の子はどこかへ行ってしまった。

 

 分からないものは分からない。なんなんだ、あいつ。でも、心に何かモヤモヤするものが残る。何かが引っかかる。何だろう、この気持ち。すっきりしないまま窓の外を見ると、四月の空は曇り始めていた。


 

 帰り道。母と一緒に歩く。

「どうしたの? そんないつもより一段と暗い顔してー」

「別に……」

「誰かとケンカでもしちゃったー?」

 お母さんは目ざといなあ。わたしは母に対してもそんなに口数が多い方ではない。なのにお母さんは、いつもわたしのこと、すぐに分かってしまう。ほんと、エスパーかってくらいに。

「まあ、高校も入ったばかりなんだし、今度は楽しくやれるといいわね!」

「うん……」

「それにしてもマナカは、昔はあんなに明るかったのにねえ。事故に遭ってからというもの、ほんと真逆の性格になっちゃったわねえ」

 そう、わたしの周りの人はみんな口を揃えてそう言う。でも、わたしは全く信じられない。わたしはずっと暗い性格だったし、友達もほとんどできたことがない、そう思ってる。だけど、やっぱり自信がない。事故以前の記憶はほとんどないし、第一みんなが同じようなことを言う。なら本当にそうなのかもしれない。

 

 正直今の自分は、あまり好きではない。もっと明るく、もっとたくさんの人たちとふれあいたい。みんなの言う、明るかった昔の私が、もし、本当だとしたら。

 新しい、いや、本来の自分を取り戻せる日が、いつか来ますように。


 ――そんな願いに興味がないわけでもないが、自分にはもっと大切なモノがある。その”夢”が叶うなら、昔の自分なんてどうでもよかった。そう、その”夢”さえ叶うなら。


 そんなわたしの本当の願いを込めて、桜の舞う、春の夕焼けを見上げたのだった。

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