二十一曲目 全力REAL LIFE②
「今日もお聴き頂いたみなさま、ありがとうございました! 以上、MUSIC EXCHANGEでした!」
今日のパフォーマンスも無事やりきり、いつも通り荷物を片付けていた。
路上ライブを始めて一週間――さすがに毎日はできないから、これで三度目のライブを終えたことになる。
そろそろ人混みの中で歌うことにも慣れ、感覚も掴めてきた。
行き交う人の中でも、少しでも自分たちに興味を持ってくれる人がいる。その人たちの表情を窺い、気持ちを届けるようにと意識できるくらいには余裕が出てきた。
だからこそ気が付いた、そんな中でも一際目を引く女性――長い黒髪にくたびれた洋服、くすんだ瞳でやや離れた所からこちらをずっと睨み付けている。
「ねえセリちゃん……気付いてた?」
「うん……あの女の人だよねぇ」
やはりセリちゃんも気が付いていたようだ。
「もしかしてわたしたちに恨みでもあるのかな」
「いやいや、恨まれるようなこと何もしてないよ」
「じゃあ、うるさいと思ってるとか」
「でも、私たちも許可をもらってやってるわけだし、大丈夫なんじゃないかな……」
例え警察に通報されたとしても、許可証があるから何も怖いことはない。それでも、なんだか気味が悪いことに変わりはない。
「なんか不気味だし、今日は早く帰ろ」
「うん、それじゃあもう行こっか」
二人の支度が済んだところで、わたしたちは足早に駅前を後にした。しかし。
「ちょ、ちょっとセリちゃん。あの人付いてきてるんだけど……!」
「うそっ、ちょっと急ごう!」
なんとあの不気味オンナが、後をつけてきているではないか!
怖くなって走って逃げようとするも、荷物が重たくて思うように走れない。後ろを振り返ると、向こうも走って追いかけて来ていてもうすぐ追いつかれてしまう。
万事休すか――そう思いながらも震える足を必死に動かしたけど、とうとう手の届きそうな距離にまで追いつかれてしまった。
「あ、あの――!」
「ひ、ひいっ! ごめんなさいごめんなさい!」
声を掛けられ、反射的に謝ってしまった。もうおしまいだ……。
「……は?」
諦めておそるおそる振り返ると――何のことだとでも言いたげな顔で、口をポカンと開けている。
「わたしたちを襲おうとしたんじゃないんですか……?」
「襲うって……は?」
やっぱり分からないという様子で、今度は向こうがあたふたとし始めてしまった。こうなってはもう、どちらも状況が飲み込めない。
「えっと……私はただ、あなたたちに『ファンだ』と伝えたかっただけなんですが……」
「ふぁ、ふぁん?」
「はい、初めてMUSIC EXCHANGEの歌声を聴いてから、ずっと大好きで――!」
この人は、クレーマーでも不審者でもなくて、わたしたちのファン?
「でもさっき、ずっと睨み付けてませんでしたか……?」
「睨み付けてたつもりはないのだけど……死んだような目をしてたせいで、そう見えちゃってたならごめんなさいね」
突然のことに、二人とも声が出ない。その間にファンだという女性は、見かけによらず明るい口調で自分語りを始めた。
「私実は、役者をやっていまして……とは言っても、今は全く売れない底辺役者なんですが」
閑静な住宅街に、女性の声だけが響く。
「そのせいで、私は見ての通りのみすぼらしさで、バイトに励んでも生活も苦しい限りです」
「は、はあ……」
「だから、もうそろそろ潮時かなって思って、役者の道は諦めようって思ってたんです」
「なるほど……」
「そんな時に、あなた方の歌に出会ったんです。堅苦しいことなんて今は忘れて、ただ歌うことを楽しんでいるあなたたちに。そしたら想いが溢れてきて。純粋に夢を追いかけていた時代が、私にもあったなあって。私、感動しちゃって、気が付いたらあなた方の虜になっていました」
時折僅かに目を潤ませながら、思いの丈を語る女性。わたしたち二人はいつの間にか緊張も解けて、その熱いラブコールに耳を傾けた。
「あなたたちは……高校生、だよね?」
「はい、二人とも高校一年生です」
「私がお芝居の世界に飛び込んだのも、ちょうどそれくらいの時だったかな。今はとにかく、あなたたちの歌声に感動した。だから、私ももう少しがんばってみますね」
「そうですか――もちろん全力で応援します! わたしたちの歌で支えられるなら、いつだって背中を押しますからね!」
「ありがとう――あ、自己紹介がまだでしたね。私は高梨ヒカル、二十二歳です。よろしく」
「わたしは岡本マナカ、高校一年生です」
「それで私が谷川セリナ、同じく高校一年生です!」
高梨ヒカルさん――わたしたちMUSIC EXCHANGEのファン第一号だ。記念すべき一人目は、とても素敵な方で嬉しかった。
「それじゃあ、これからも路上ライブ、聴きに行くからね」
「はい、是非よろしくお願いします!」
ヒカルさんと別れ、再び二人きりになる。わたしたちは興奮が抑え切れなかった。
「――セリちゃん。歌うって、こういうことなんだね」
「『ファンだ』って言ってもらえることは、こんなに嬉しいんだね」
湧き上がる気持ちを、夜空に向かって叫びたいくらいだった。わたしたちの歌は、少なくともひとりの心には爪痕を残すことができたんだ。
ひとりの夢を後押しできた――歌を持つ計り知れないパワーを、改めて痛感させられた夜となった。
それからわたしたちは路上ライブの経験を重ね、日々進化していった。
順調に
そして、マイクを逆さまに持って歌い出したあの日から一ヶ月――わたしたちMUSIC EXCHANGEは、最後のライブの日を迎えたのだった。
「今日で最後だね」
「うん、マナちゃんが誘ってくれてなかったら、こんなに楽しいことはできなかったよ」
「ううん、わたしだって、ひとりじゃこんなに楽しくやれなかったと思うよ」
「あはは、それじゃあ、お互い様ってことだね!」
「うん、さすが名コンビ、名デュエット!」
今やホームグラウンドとなったこの駅前で、いつも通りだけど、いつもより少し湿っぽい話をする。
今日で、最後――今日が終われば、また来年のミニライブを目指してスクールで努力する日々がくる。それが嫌なわけじゃない。だけど、もっと
「そろそろ時間だね」
セリちゃんが腕時計に目を落とす。時刻は午後七時、五分前だった。
「もう一度言うけど、今日はわたしのわがまま聞いてくれて、ありがとね」
「ううん、わがままなんてことないよ! だってその曲がなかったら、私とマナちゃんが出会うこともなかったかもしれないんだから。感謝しなきゃだね!」
路上ライブではこれまで、一般ウケしやすいようにメジャーな曲を選んで歌ってきた。
だけど、最終日の今日だけは特別――少しマイナーだけど、どうしても歌いたい歌があった。
それをセリちゃんに相談したら、快く受け入れてくれて、最後のシメにその曲を歌おうということになった。
だから、精一杯心を込めて歌う――わたしの人生、すべてを乗せて。
「皆さん、こんばんは! MUSIC EXCHANGEです!」
息の合った挨拶。すっかりもう手慣れたもんだ。
「実はわたしたちのライブ、今日で最後なんです!」
辺りからは、ちらほら「え~」という声が聞こえる。惜しんでもらえるなんて、わたしたちは幸せ者だ。
「だから今日は是非、最後まで聴いて頂けたら嬉しいです!」
挨拶を軽く済ませ、早速歌い始める。いつも通り歌い手と聴き手が一体となって、楽しくライブは進んでいった。
そして時は流れ、いよいよ最後の一曲――泣いても笑っても、正真正銘これで最後。
「――次で最後の曲になります。皆さん、一ヶ月間ありがとうございました! それではお聴きください。LGMで、『
わたしの原点――ここから全てが始まった、思い出の曲。
マイナーだろうが何だろうが、関係ない。全員にこの歌声を届けるために、爪痕を残すために、気持ちを込めて歌い出した。
「――明日は立ち上がるの 不器用な私だけど 誰にも代われない私だから 見ていて――」
サビから入るこの曲。今日も快調に
「――止めどない毎日を 駆け抜けてきたけど 登れなかった壁 立ち塞がって――」
これまで、色々なことがあったな。がんばって報われたこと、がんばったのに報われなかったこと。達成できたこと、できなかったこと。だけどその全てが、今のわたしを形作っている。
「――未来は見えなくて それでも今はただ 自分の力で 果てしない
五感が冴え渡る――セリちゃんのコーラスに耳を傾け、目の前の景色を目に焼き付け、肌で熱気を感じ取り――気が付けばAメロが終わっていた。
「――でもチクタク時の流れが 周りを囲んで――」
「――いつまで夢見てるんだって ココロ締め付ける――」
Bメロからサビにかけて、この場のボルテージが一気に加速する。
今がどうしようもなく、楽しい――!
「――大丈夫! いくら傷付いても 心配かけない人より 何度だって立ち上がる人が――」
セリちゃんと視線がぶつかり合う。キラキラと輝く瞳は、弾む心を訴えているかのようだ。
「――そうきっと最後には勝つよ 棘の道だろうけど 誰にも行けないこの道を――」
「――さあ進め!――」
決まった。そして終わった。天高く突き上げた拳は、力強く結ばれていた。
ノータイムで賛辞の拍手に包まれる。わたしたちは既に目頭が熱くなっていたが、何とか堪えて最後の挨拶で締めくくる。
「皆さん、ありがとうございました! 路上ライブは今日で最後ですが、これからも応援よろしくお願いします! 以上、MUSIC EXCHANGEでした!!」
たくさんの人たちが、応援の言葉を投げかけてくれる。その中にはヒカルさんの姿もあった。
「マナカちゃん、セリナちゃん。これからもずっとファンとして応援していくからね!」
初めて出会った時よりも明らかに元気そうで、本当に良かった。
一ヶ月間、長かったようであっという間だった。間違いなく人生最高の一ヶ月間だったと、胸を張って言える。ライブの余韻つれづれに、惜しまれながらも楽しい時間に幕を閉じた。
楽しかった路上ライブもこれで終わり――わたしたちは最後の帰路につこうとしていた。と、その時。
「ちょっとお話いいかしら?」
突然スーツに身を包んだ女性に声を掛けられた。クールビューティーという言葉がピッタリと似合いそうな、そんな雰囲気を醸し出している。
しかし、この淡い既視感は気のせいだろうか。
「私は、こういう者です」
わたしが記憶を遡っていると、女性は間髪を容れずに名刺を差し出してきた。
差し出された名刺を受け取る。そこにはこう記されていた。
「
「ええ、まさしくその通りよ」
「渡部プロダクションって……」
渡部プロダクション――業界最大手の一角である芸能事務所で、通称タベプロ。その名を知らない者など、少なくともわたしの周りにはいないはずだ。
というか、この事務所はわたしたちの通うスクールと関わりがあるはずで――
「それで、わたしたちに何のようですか?」
「――単刀直入に言うわ。路上でライブをするあなたたちを見て、スカウトしに来たのよ」
「――は?」
いきなり何を言っているのだろう――にわかには信じがたい話だ。
――いや、待てよ? こういった大手事務所の名を使って、どこか悪いところへ連れて行く悪い人もいると聞いたことがある。もしその類いの人だったら――?
そんな人にのこのこと付いて行ったら、大変なことになるに違いない。もしかしたら、まだ若いわたしたちなら騙せると思って狙われているのかもしれない。
「だから、あなたたちのパフォーマンスを見て、タベプロにスカウトしようと思って声を掛けたの」
「それ、本当のことなんですか?」
「ええ、もちろん大まじめよ」
「――怪しい人とかじゃないんですか?」
「マナちゃん――! それ本人に言ったらダメだよ――!」
「ふふっ、そんなに私は怪しく見えるかしら?」
「疑ってかからないと、痛い目に遭うかもしれないですし」
「そう、じゃあ――これならどうかしら?」
そう言ってニタッと薄気味悪い笑みを浮かべた女性は、二人の耳元でこう囁いた。
「――『レッツグルーブ!』の時のパフォーマンス、ホント酷かったわよね」
「えっ……!?」
この人は、まさか――思わぬ一言を告げられて、額を一滴の汗がしたたり落ちるのを感じた。
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