第四話 雑草という草はない
「抜いても抜いても終わりは見えず」
畑に巣食う土の栄養ドロボウをイザミは中腰の姿勢で一本一本根ごと抜き取っていく。
ツナギ姿に長靴、軍手、頭には巻きタオルのフル装備。ギターやドラムさえあれば完璧だが、生憎、イザミは音楽を聴くことはあっても弾くことはなかった。
中腰だから腰の負担は重く、始めたばかりだからまだ栄養ドロボウは堂々と畑に根を下ろしてはチュウチュウと栄養を吸い続けている。
幸いなのは堂々と根を張っているために逃走と反撃の心配がない点だろう。
「雑草という草はないというが本当だな」
今抜いたのはオヒシバ、これはナズナ、メヒシバと雑草と呼ばれていようとしっかりと名前があるのをイザミは農作業を得て知った。
ミコトの亡き祖母曰く、雑草とは作物に直接及び間接的な害をもたらし、その生産を減少させる植物を指すそうだ。
流石は農家出身、都会に住んでいては学べない農家の知識を教え込んでくれた。
「まあこいつらが畑の栄養吸うと作物の実りが悪くなるのは事実だし」
草取りが人間の都合であるのは隠しようがない。
害になるから排除する。
益となるなら利用する。
朝からチュンチュン鳴くスズメも季節ごとに害鳥か益鳥に分断される。
秋は作物を食い荒らすから害虫、春は畑に巣食う虫を食うから益鳥として扱われる。
本当に人間の都合で善悪を決めている。
「そして、人間の都合で喰われるために育てられる作物たち……EATRの訳の分からぬ都合で殺される人間と同じに思えるのは職業病か……」
岩戸家の家庭菜園の広さは――ヘクタールや坪では伝わり辛いので簡素に説明すれば学校の教室床面積三つ分の広さを持つ。
なお1haは100m×100mである。
「イザくん、そっち終わったらこっち手伝って」
今なお草取り続けるイザミの背後からミコトの声が飛んだ。
「あ~はいはい、終わったらな~」
イザミは投げやりに口で返そうと手はしっかりと根こそぎ雑草を引っこ抜いていく。
「先輩、投げやりの割にはしっかりやってますよね」
「そっちもな」
イザミはボーイッシュな少女チアへ適当に返す。
「顔はいいのに、愛想悪い~」
「いいからスマホでゲームしてないで草取り手伝え」
イザミはコケティッシュな少女アコを一喝する。
「相も変わらず、やれやれです」
「やれやれはおれのほうだ」
イザミはインテリ眼鏡な少女コミに呆れながら言い返す。
三人娘はミコトの同級生であり、クラスメイトでもある。
あれこれ名前を覚えるのが面倒な理由でイザミはチアコミ三人娘と勝手にまとめている。
街に遊びに行くこともなく、友人宅へと遊びに訪れてはこうして家庭菜園を頼まれもせず手伝っている。
当初はミコトも申し訳なさそうにしていたがやはり農作業は数である。
戦いは数、物量であるとの言葉があるように人手があればあるほど一人当たりの負担は少なく、尚且つ作業時間は大幅に減る。
今では休みの日に手伝うのがごくごく自然となり、収穫物をチアコミ三人娘におっそわけしていた。
「ごめんね、みんな。イザくん、もう少し愛想良くしてっていつも言ってるでしょう」
ミコトのお叱りがイザミの背中を抜けて良心に突き刺さる。
「それは悪かったな」
どうも岩戸家以外の者と接するとついつい距離を離して接してしまう。
信頼できる者が岩戸家と関係者しかいない背景が理由であろうと相手がミコトの友達だけに良心が痛い。
(ミコトの友達だから別に信頼できない訳じゃないが……)
経験上どうしても距離を取ってしまう。
なにしろデヴァイス<緋朝>を狙う勢力は主に大人だ。
子供を利用するのが大人であり、あれこれ子供を利用してはイザミの手からデヴァイスを入手せんとしてきた。
仲良く遊んでいた友達が実は、ゴニョゴニョだったなんて事実、一度や二度ではない。
本当に性根が擦れなかったのはゲンコツ制裁で精神を鍛えてくれたミコトの亡き祖母のお陰である。
「先輩が愛想悪いのはいつものことでしょ」
「そうそう、でもなんだかんだで顔と面倒見は良いし」
「ツンデレというそうです」
「うるせえぞ、お前ら!」
イザミは感情にて先走り、怒鳴り声を上げてしまう。
割りと本気であったがミコトと三人娘からは『きゃ~』と演技臭い悲鳴が飛ぶ。
ついつい殺気を込めてしまったのに、この三人娘+一人はまったく怖気る気配がない。
それでも色々と気まずさを感じたイザミは草取りを再開する――訳にはいかなかった。
「……近い」
中腰姿勢でイザミは顔を強くしかめた。
デヴァイス<緋朝>より警告信号が発信されたからだ。
つまりはEATRが出現した。
「ミコト、チアコミ三人娘と家のシェルターに入れ――急げっ!」
立ち上がるなりイザミは玄関先へと走る。
頭に巻いたタオルを投げ捨てれば長靴から運動靴へとはき替え、デヴァイス<緋朝>を手に家を飛び出した。
「イザくん!」
玄関を飛び出した時、背後から呼び止めるのはミコトの声。
その身を案じる声にイザミは振り返らず言う。
「大丈夫だ。晩飯には帰ってくる。美味いの用意して待っていてくれ」
「あ、雨津くん、ちょ、ちょっと!」
改めて駆け出したと同時に誰かとすれ違うもEATR出現警報のサイレンが呼び声を上書きした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます