第一九話 助かりたいだけの豚ども
「あ、あなたたちって!」
出くわしたのは男二人に女一人。
三人は高等部指定の制服を着ている。
逃げ隠れしていたせいで三人の制服は土埃で汚れていようと顔を知っていた。
イザミのクラスメイトだ。
「あ、お、お前はっ!」
三人はミコトの顔を見るなり恐怖にひきつった顔から反転、まるで救世主の従者に運よく邂逅したような喜びある顔となる。
「あ、雨津は、ど、どこだよ、あいつは――どこにいるんだよ!」
男子生徒の一人が救いを請うようにミコトの下半身、それもスカートから伸びる太ももに抱きついてきた。
顔は知っていようと、家族を嫌悪し侮蔑してきた赤の他人に抱きつかれたことで不快感が防衛本能を誘発させ、ミコトの膝は抱きついてきた男の顎を蹴り上げていた。
蹴り上げた後でミコトは我に返る。
「……あ、ごめ……――ちぃ」
やや呆けた声でミコトは謝りかけるも自身の舌打ちが遮った。
顎下を押さえて悶絶する男子生徒に、チィと露骨な舌打ちをしてしまう自分はまだ子供だとミコトは三人と距離を取りながら思うのであった。
「……あれほどイザくんを嫌って、離しておいて、こんな状況になったら助けてとかふざけているの?」
顎下を押さえている男子生徒がこの三人の中心なのを見抜いたミコトは先手を取る。
やはりと言うべきか、言葉発せぬ一人を含めて三人は気まずそうに目を逸らしてきた。
「記憶もない、本当の家族も知らない、ただあったのはEATRと戦う力だけ」
こんな希望も生存もないクソッタレな状況だからこそ、戦う現実知らぬわからず屋に言わねばならない。
「どこの誰が、どうして、あんなデヴァイスをイザくんに与えたのか、どうしてあの場にいたのか、思い出せないまま戦った……戦う理由はEATRから日常を守るため、日常喰らうEATRを討つことが、みんなの日常を守ることに繋がるから……でもみんなの日常全部を守れたわけじゃない……助けようとして助けられて、救おうとして救われて……戦いから帰った後は助けられた人と助けられなかった人に一喜一憂しているの……でも、それを顔に出さない。だって家族に心配かけさせたくないのがイザくんだもん」
不器用で、口下手で、無言実行で……ああ、言葉が足りない。
それでいて、現実問題、手の届く範囲ですら守り切れぬとは限らぬのに、範囲外まで守ろうとする救済意識が誰よりも強い。
「ね、根方も同じことを言っていたよ……」
ぽつりと男子生徒がミコトから目線を逸らして呟く。
「雨津がEATRを率先して討つのもそれが人命救助に繋がると考えているからだって」
「ならどうして理解しようしなかったの? あのバスの事件前からイザくんが口下手で人付き合いが不器用でもクラスの輪に融けこんでいたでしょう?」
特に委員長としてではなくクラスの一員としてイザミに接してきた根方カグヤの影響が大きかった。
学校を休みがちなイザミのために授業データを手渡しで持ってきてくれたほどだ。
「そのバスの事件は根方が起こしたんだ! 雨津の力を見るとかでEATR二体をけしかけていたんだよ!」
男子生徒の告白をミコトは嘘だと疑えなかった。
ただ状況下、平然と嘘をつけるはずがない。
なにより三人全員が今なお困惑と恐怖の感情を顔から溢れ出させている。
「ね、根方先輩が、したの……?」
ミコトは三人の目からEATRを恐怖する感情とは別なる感情がせめぎ合っているのを読み取れば、恐る恐る聞いていた。
「あ、あいつが、いきなりイザミが持つデヴァイスと色違いのを蒼い銃にして、EATRを撃ち抜いたんだ!」
「そ、それだけじゃないの! 教室と廊下に亀裂作って私たちを脱出させなくして、生きたいなら飛び越えろとか、家畜は死ねとか言ってどっか行ったの!」
信じられないとミコトは言葉を疑った。
同時に、この証言を信じられぬと笑い飛ばせなかった。
信じがたいのはカグヤがイザミの持つデヴァイス<緋朝>の色違いを所持していた事実である。
デヴァイスが蒼い銃となりEATRを撃ち抜いた――
そして、三人がこの場にいるのはカグヤに見捨てられ、他のクラスメイトを見捨てて命からがら逃げてきたのを意味していた。
「家畜……ただ守られて当然との立場を甘受している人間は守る価値がないってことね」
ミコトは女の勘で口走るもどうやら正解のようで三人は唇を震わせて黙り込んだ。
「あの事件の後、クラス内でイザくんに接して来るのは根方先輩だけだったもの。イザくんが教室入るなり、まだ生きていたのか、とかクラスメイトから聞けば愛想尽かすのは当然だわ」
いや言葉だけでなく、イザミを阻害する空気が拍車をかけていたのも否めない。
「お、おれたちはどうすればよかったんだよ!」
答えを求められようとミコトは懺悔室の神父でもカウンセラーでもない。
資格すら持たぬ女子中学生だが確かに言わねばならぬことがあった。
「なにもしなければよかったのよ。イザくんを侮蔑せず、一クラスメイトして接し続ければよかった。後はコーヒーに砂糖とミルクが混ざるように時間が解決してくれた。確かに人は神でもないし万能でもない。感情がある。欲がある。付和雷同の空気がある……誰が悪いとは言わないけど、強いて言うならEATRが悪い――なんて豚どもに言うと思った?」
ミコトの変わりように三人は両目と口を開いていた。
「イザくんの抱える苦しみなんて他人である私がどれだけ考えようと分からないわ。一つ屋根の下に暮らす家族と言っても所詮は血の繋がらない赤の他人。イザくんだって家で帰りを待つ私の苦しみが分からないのと同じ。でもだからこそ、他人だからこそ出来る応援がある」
戦いで帰ってきたイザミを美味しいご飯で出迎えたい。
玄関先だろうと畑の上だろうと寝込むイザミを起こしてあげたい。
他人事だけど、他人だからこそ出来る応援をする。
この一〇年間、ミコトは他人事の応援を続けてきた。
「なのに、あなたたち豚どもはそれをしなかった。どこぞのワイドショーの専門家みたいに批判ばかりして当たり前だとする空気に浸り続けてきた。変えようと思うならば何時でも変えられたはず。でも誰一人変えなかった。どうして?」
ミコトは目尻を険しくして三人に鋭く問い詰める。
問おうと答えなど最初から分かっていた。
「楽しいからよ。相手を批判する、突き放すことで共に笑い合う。その時に芽生える快感は麻薬みたいに中毒性がある。それも空気を介して伝播する麻薬よ。自分たちが被害者だと結託しているからなお中毒性は深まって誰も止めないし、誰も止められない。止めようとする者が現れたら揃って批判する。その批判も楽しいからまた快感を得る――本当に救いようがないわ」
批判する者を批判するミコトもまた同族だと自覚している。
救いようのない人間すら救ってきたイザミは強いとミコトは思った。
「なら謝れば助けてくれるのかよ!」
半ば妬けを拗らせた声はミコトに引っぱたきたい衝動をこみ上げさせる。
この状況下、自分が助かりたい感情は否定しない。
否定しないも、自分で自分を助けようとせず、他人任せで自分が助かろうとする気概が神経を通して怒りを四肢に行き渡らせる。
「自分が助かりたいならまず自分で自分を助けなさいよ!」
怒りを言葉としてミコトが放ったのとフード付き狼二匹が挟み込む形で現れたのは同時だった。
「ひ、ひっ、で、出たっ!」
男子生徒の一人が腰を抜かして後ずさる。
チンタラとこの場に留まり続ければ遅かれ早かれ発見されるのは目に見えていた。
前門は狼、後門も狼――両手を大きく広げては無機質な足音で近づいてくる。
「お、お母さんっ!」
「い、嫌だ、死にたくないっ! 童貞のまま死ねるかよっ!」
三人は泣き喚き、恐怖にて半ば錯乱している。
この状況下、ミコトの目には嘆きもなければ諦めの色もなかった。
「イザくんは来る――絶対に来るっ!」
ミコトの足は恐怖に震えなかった。心臓は生きる鼓動を繰り返した。
死の恐怖に晒されようと、少女の目は――なによりも誰よりも信じていた。
『見・ツ・ケ・タッ!』
地の奥底より放たれたような無機質で機械的な声がミコトの頭の中で響く。
次いで空が割れ、鮮烈な破砕音が謎の声を上書きする。
校舎の壁を一匹の翼竜が突き破り、舞い上がる瓦礫がミコトの前方にいたフード付き狼を巻き込めば下敷きにした。
「イザくんっ!」
ミコトは舞い上がる粉塵の中、暴れまわる翼竜に馬乗りとなったイザミを目撃した。
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