第三章:怪物の名は
第二〇話 生死のかかった大切な話
――動いても動かなくても生きているならお腹は減るものさ。
翼竜は馬乗りとなったイザミを振り払おうと翼手を激しく羽ばたかせる。
翼手により生じた衝撃は瓦礫や粉塵を吹き飛ばすだけで胸部に大剣が突き刺さるのを許していた。
「手間取らせやがって!」
大剣を素早く抜いたイザミは下敷きとなったフード付き狼を翼竜の亡骸ごと大上段からの振り下ろしで両断する。
間髪入れず身を反転させてはミコトたちの頭上を天井の高さスレスレで跳び越え、残ったフード付き狼を大剣の腹によるフルスイングで窓の外に弾き飛ばした。
窓ガラスを突き破り外に弾き出されたフード付き狼は両手両足の爪をアスファルトに食いこませて制動をかける。
イザミへと反撃の飛びかかりに入った瞬間、背面に着弾を許す。
連続して、ズレもなく同一箇所に着弾する銃弾は装甲を削り、五発目にて<匣>は破壊される。
フード付き狼は跳躍感ある剥製のように爪を立てたまま機能停止した。
『敵対象沈黙を確認』
上空を旋回するティルトローター機よりクシナの冷徹な声がイザミのインカムに届けられる。
この無線通信にて妨害電波が除去されたのを確認した。
『隊長含め各員がイナバラビットの討伐を確認しました』
通信電波妨害に特化した兎だろうと妨害に傾倒しすぎているため、幻想種でありながら戦闘能力はやや劣る。
一方で兎がモデルだけに解放ノ冥火抜きにしてもビルさえ倒壊させる前歯や脚力は侮れなかった。
「よし、本部に緊急応援要請! おれはイナバワニザメを片づける!」
イザミは横目でミコトと他三人の無事を改めて確認する。
三人の顔は今思い出した。クラスメイトだ。
怯え、救いを求める目はバスの事件の時と同じ。
救うのは容易い。
容易いも一時の気休めでしかなく、EATRがいる限り恐怖にて眠れぬ夜は続く。
生きているなら生きているで良い。今はそれで良いのだ。
「ミコト!」
イザミは家族の無事を安堵するより先に伝えねばならぬことがあった。
「今日の晩飯は肉――それも動物性たんぱく質にしてくれよ!」
「ちょうど昨日スーパーで買った特売の豚ロースがあるから生姜焼きにするわ!」
「肉増し増しだっ!」
「お野菜も増し増しだからねっ!」
クラスメイト三人が戦闘と無関係な会話にあんぐり口を開けて呆けていようと知ったことではない。
これは家族の話――生きるために食せばならぬ生死のかかった大切な話なのだ。
「行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」
ミコトの応援を活力としたイザミは大剣を手に窓を開いては校庭へと飛び出した。
「あ、根方先輩のこと、イザくんに伝え忘れた……」
後方からずっこけるような音がするもミコトは振り向いたら負けだと思った。
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