第二四話 星は天にて堕ちる
「はい、そこまで」
イザミはカグヤに腹を強く蹴り込まれて黙らされた。
「千載一遇のチャンスなんだよ。マスタープログラムは<匣>が新しく交換された時がもっとも弱体化するんだ。おれの悲願の邪魔をするなよ」
仰向けに蹴り倒されたイザミの胸部をカグヤは靴裏で踏みつける。
ただ普通に踏みつけるのとは違う。
なん十キログラムもの重りを直に乗せられている圧迫であり呼吸を阻害する。
「でぃ、ディナイアルシステムか……っ!」
ディナイアルシステムの質量軽減効果を利用した踏みつけだと見抜けぬイザミではない。
「正解。ただし、お前の<緋朝>と違って出力は優に五倍。ヨミガネの解放ノ冥火すら弾き返すほどの硬さ――おっ?」
銃声に次いでカグヤの額に蒼き燐光が飛び散り語尾を遮った。
醜く押し潰された銃弾が足元に転がっていた。
「根方くん、そこまでです。その汚い足を――どけなさい」
ティルトローター機から飛び降りたクシナは静かな怒りを滾らせていた。
「今さっきのマヂでヘッドショットだったろう、先生。生徒を殺す気かよ」
「生徒? 私の知る限り悠々自適に人を踏みつける生徒は知りません」
クシナはアンチマテリアルライフル型を構えて再度発砲する。
狙いは先と同じカグヤの頭部。
放たれた銃弾は蒼き盾に阻まれ醜く形を変えるだけだ。
カグヤはイザミを踏みつけたままクシナの発砲に失笑しながら肩をすくめていた。
「先生、弾はまだあるだろう? 交換しないのか?」
余裕を崩さぬ涼しげなカグヤの顔にクシナは歯噛みする。
蒼き不可視の鎧は硬い。
解放ノ冥火を弾き返すのは虚勢ではないと見ていいだろう。
クシナとカグヤの距離は五〇メートルもなく、ディナイアルシステムの斥力場にて底上げされた弾速は常人では回避不可能とある。
なにより非武装の者に星鋼機を向けた場合、安全装置にてトリガーがロックされるはずが、カグヤに対しては一切作動していない。
逆を言えば武装した者に安全装置はかからないことを意味していた。
「く、クシナ、逃げろ。こいつは危険――ぐうっ!」
「はい、うるさい、黙ってろ」
更なる圧力がイザミの胸部を締め付ける。
「根方カグヤっ!」
クシナは怒りにて先走りながら手元は冷静でいた。
マガジンを排出した時には、ベルト部に吊り下げられた予備マガジンを掴み、入れ替えるように銃身に装着、銃弾を薬室に送りこめばトリガーを引いた。
その間、二秒もない。
「無駄だってのに」
銃弾はひしゃげた形となるだけで、カグヤの頭をスイカのように破裂させない。
またしても蒼き盾に遮られていた。
「ですが――」
クシナは馬鹿の一つ覚えのように全弾撃ち尽くした。
失笑するカグヤの頭上から無数の銃弾が雨のように降り注ぐ。
「ああ、居たの忘れていたな」
第六部隊の仲間だった。
マシンガン型星鋼機より放たれる銃弾もまた蒼き盾に阻まれ届いていない。
イザミたる仲間に命中する危険があるにも関わらず一切配慮しないのは、蒼き盾が防ぎきるであろうと読んでいるからだ。
第六部隊は蒼き盾を破壊するのではなく攻撃を当てることこそが目的だった。
「あ~もう、うるさいハエだ」
後方から戦斧が、右から槍が、左からは大鎚が、蒼き盾と衝突する。
残念にも青白い燐光を放つだけでカグヤには衝撃の一つすら届いてない。
「ぐっ、なんて硬さだっ!」
戦斧を握るダイゴは蒼き盾の硬さに奥歯を噛みしめる。
他の仲間も同じであり、一斉攻撃であろうと蒼き盾に揺るぎはない。
「おう、硬いから諦めろよ、おっさん」
「はい、諦めます――と大人が言うわけないだろうが!」
今一度ダイゴは戦斧を振り回し、蒼き盾との激突を繰り返す。
「部下も部下なら、隊長も隊長だよ。ピッケルみたいに何度も突き入れてさ~」
カグヤは失笑することすら飽き、退屈な顔をしていた。
自身は一歩も動くことなく、五枚の蒼き盾が忙しなく飛び回っては星鋼機の攻撃を受け止めている。
蒼き火花は終わりなく散り続け、退屈から苛立ちへと変わっていくカグヤの思考を爆発が破壊した。
「――……は、はい?」
蒼き盾の一枚が前方から迫る大波のような爆発を防いでいた。
爆発である故、生じた爆風を別なる蒼き盾が内に回り込む形で防ぐ。
明らかにプラスチック爆弾のような爆発なのは、斥力場で底上げされた爆発だからだ。
天剣者が爆発物を持つはずなどない。
ディナイアルシステムに爆発物を搭載して使用するのは可能だとしても使い捨ては財政破綻を招く。
貪る金属相手にただの手榴弾は効果がなく、投げるだけ無駄だ。
「もう一度言います。その汚い足を――ど・か・し・な・さ・い」
アンチマテリアルライフル型星鋼機を構えるクシナは冷徹に告げる。
「おいおい、クシナ先生、なに、したん、だよ?」
カグヤの顔より余裕が消え去り、困惑と驚愕が顔から微量ながら漏れ出している。
「解答を尋ねてばかりでは成長しません。自分で考え、答えを出しなさい!」
天剣者であり教師であるクシナから言葉と銃弾が飛ぶ。
放たれ続ける銃弾は蒼き盾に防がれるなり爆発し続ける。
点ではなく面での銃撃。
単発の銃弾で起こりうるなどカグヤにとって不意を突かれたのも同然だった。
「ああ? なんだって炸裂弾だと!」
唐突にカグヤは空を仰いでは誰かと喋っていた。
「お前、誰と、ぐうううっ!」
「うるせえ、お前の相手は後だっての」
問いただそうとしたイザミだがまたしても胸への圧力にて黙らされた。
「人間相手に普通、炸裂弾なんて使うかよ。当たったらミンチだぞ」
カグヤの戸惑いに同調するように動きを鈍らせつつあった蒼き盾は使用者がカラクリを知ってから共に落ち着きを取り戻していた。
「……基本、EATRの武装を破壊するために使用するのですが、<匣>を破壊したほうが手っ取り早いので使う機会はあまりなかったのですよ」
クシナは冷徹な表情を一切崩すことなくトリガーを引く。
炸裂弾は言うならば弾の中に火薬を詰め、着弾時に爆発するよう加工された弾である。
人間や動物に対して使用するならば仮に急所を外れようと爆発が身を抉る。
EATRに対して効果は薄く、主に武装を破壊するために使用される。
一方でクシナの発言通り、武装を破壊するよりも弱点である<匣>を破壊したほうが効率は良い。
銃火器型星鋼機に使用される銃弾は総じて貫通力重視。
高い貫通力を求めるならば鉛弾を真鍮全てで覆ったフルメタルジャケット弾があるも対EATR用の銃弾は硬きEATRの装甲を弾に成形加工したもの。
ダイヤモンドをダイヤモンドカッターで加工するようにEATRの装甲で作った弾でEATRを撃つ。
背景には如何様な銃弾で装甲越しに<匣>を効率よく貫通破壊すべきか、という戦場の現実があった。
当然のこと、EATRは貫通重視の銃弾に対抗するため更なる硬度を装甲に持つようになり、硬き装甲をもって銃弾を製造するとイタチごっこを繰り返していた。
「おらよっと!」
爆煙を切り裂くようにダイゴの戦斧が蒼き盾の一枚を力ずくで弾き飛ばす。
起こり得ない光景にカグヤは絶句しかける間に、他の第六部隊ですら同じように弾き飛ばして見せた。
弧を描く盾は地に衝突する。
霧散することなく先端を地にめり込ませていた。
「確かに頑丈な盾だがよ、浮いていることと行動範囲が分かれば対処はできるんだよ!」
カグヤは己の足元周辺を見るなり息を呑む。
動き回る蒼き盾が生んだ風圧と炸裂弾の爆発の余波で校庭に波紋が描かれている。
蒼き盾はいわば不可視の鎧ならぬ可視の鎧。
浮遊する盾であるならば使用者を守るために活動範囲は自ずと限られてくる。
「盾が六枚もあるんだ。こういうもんは最小の防御面で無駄なく防ごうとな、互いに衝突を避けるための隙間ってのが意図的に作られているってもんなんだよ」
なによりも蒼き盾は自在に動き回ろうとパズルのように組み合わさることはない。
しないのではなく――できない、と第六部隊の誰もが経験則から読んでいた。
第一世代星鋼機のディナイアルシステム起動実験の際、不可視の鎧同士が干渉した角度によっては互いに弾きあう実験結果があった。
蒼き盾もまたディナイアルシステムであるため、防御面積を広げるために組み合わさろうと下手に接触しようならば盾が生み出す斥力場が互いに干渉し弾きあうはず。
第六部隊が蒼き盾を弾き飛ばせたのは攻撃し続けることで可動範囲から弾きあう角度を見つけ出すためであった。
「というわけで、とっとと坊主から汚い足、離してもらうぞ!」
戦斧を両手で握るダイゴが巨体に似合わぬ踏み込みでカグヤとの距離を急激に詰める。
今、カグヤを守る蒼き盾は校庭に散らばる形で突き刺さっている。
ダイゴとて相手が人間――それもイザミと同い年の子供であるため命奪おうとはしない。
ただ戦斧の腹で殴り飛ばすことで動けぬイザミを救出せんとした。
本気で殺そうとした部下については後で説教と始末書だ。
「別に<S.H.E.A.T.H>とやりあう気はないが――邪魔するなよ、デッドコピーがっ!」
カグヤの内なる怒りを体現するように蒼き盾は再び浮かび上がれば、光の速さでダイゴを含めた三人を横合いから紙切れのように弾き飛ばす。
弾き飛ばすだけで終わらず、カグヤの指先に従うように五枚の蒼き盾は縦横無尽に疾走し、鋭利な刃として天剣者持つ星鋼機を紙切れのように切り刻んだ。
余波は持ち手にまで波及し誰もが蒼き燐光の中、倒れ伏すのを強要されていく。
「く、クシナ、おっさん!」
「邪魔なハエを叩き落として気絶させただけだ……しっかし、計画が大幅に下方修正されたとはいえ、こんな屑鉄は見るに耐えん」
カグヤはイザミを踏み潰したまま、星鋼機だった残骸を侮蔑した。
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