第四章:克己を超えた先
第三一話 幽霊は語る
――最後に勝つのは愛である。
『ようやくボクのこと、思い出したのかい』
「両親のこともな」
今のイザミならゴースト・ゼロの正体がなんであるか知っている。
正体は人の形を模倣した非実在型量子観測機<オオヒルメ>の人口知能(AI)だ。
ヒメとは開発者であったイザミの両親がつけた愛称である。
ゴースト・ゼロと呼ばれ続けてきた所以も全ては戦闘データを収集してきたためだ。
ヨミガネとの戦闘データを元に星鋼機を改良、あるいは新たなシステムを構築する。
ハードウェア及びソフトウェアの発展改良、生物学的にいえば進化の模倣である。
そして人の形をしているのは星鋼機を使用するのが人である以上、人の形をとって観測することこそ効率よく観測できるとの観測機の自己判断が生んだ産物であった。
『元々ボクは緋陽機と蒼天機、双方のデータを収集することで量産化へのデータを確立させるのが役目だった。けど、あくまでボクたちが生まれた世界の技術レベルでの話。この世界の技術レベルに合わせて調整するのにフリーズと再起動を重ねるほど苦労したよ』
星鋼機には本来、緋陽機と遜色のない性能を与える計画であった。
問題があるとすれば完全量産化するだけの技術レベルがこの世界は低く、仮に技術を与えようと下手すれば与えられた技術にて自滅する危険性がある。
ヨミガネと戦い、ヨミガネから守るための力が本末転倒となる危険を防ぐため、安全装置を織り交ぜつつ生産可能な星鋼機を<緋朝>通じて開示した。
『まあ土台はしっかりしていたお陰で懸念される電力もどうにか確保できたからいいよ』
元々、イザミがたどり着いたこの世界では太陽光発電衛星の基礎理論は完成していた。
問題とされたのは受信地点と資金、そして利権問題である。
皮肉なことにヨミガネなる共通の敵出現により<サイデリアル>なる組織が生まれ、この組織の資金により完成と運用を迎えた。
一企業、一国家が製造、運用しようならば紛争発生は免れなかっただろう。
『問題があるとすれば星鋼機にはオリジナルに搭載されている感情エネルギー変換ドライブが搭載されていないことだよ』
使用者の感情の高ぶりをマシーンの稼働エネルギーとする。
開発者が誰か、今のイザミなら知っている。
雨津夫婦――イザミの両親である。
『このシステムは元々、雨津夫妻がヨミガネのシステムの一部をハッキングしたことで生まれたものなんだ。出所が同じというより敵の毒を味方の薬として利用するといったほうが正解だね』
技術の延長としてヒメこと観測機<オオヒルメ>が作られた。
当時の情勢では七〇億もいた人類は九割も生き残っておらず、疑似人格を持つAIに設計の手を借りて開発期間を短縮せねばならぬほど絶滅の時間が差し迫っていた。
結果として量産は間に合わず、別世界で量産は形となった。
『以前、キミは疑問に思っていたよね? どうして巨大ロボットや戦車型の星鋼機ではディナイアルシステムが起動しないのか?』
理由は単純。
星鋼機の基幹OSは緋陽機からまるまる転写(コピー)されたものだからだ。
戦車や戦闘機など搭乗する兵器ではなく手持ち武器なのは直に持つことこそが効率よく感情エネルギーを発生させられる理由があった。
遥か昔、武士と呼ばれる者たちは刀を抜いた瞬間、ただ敵を殺し殺される域にまで覚醒した。ただ純然なまでに眼前の敵を倒すため、生き残るために戦闘に邪魔となる恐れや躊躇なる要素を排除したのである。
覚醒たる域を基に人為的に再現したのが感情エネルギー変換ドライブであった。
ただしこの世界の技術では感情よりエネルギーを生成する技術がない。
ヒメが目を付けたのが電気だ。
『感情は一種の電気信号だ。バッテリーで疑似的に起動させるのに成功したけど当初から計画した出力にまで至らず星鋼機は緋陽機のデッドコピーになっちゃった。でもヨミガネと戦えるという一定の成果は出せた』
幽霊は交戦データを収集し続けアップデートし続けた。
「緋陽機<緋朝>がこの一〇年、一度もメンテや充電を必要としなかったのはそれが理由だからな」
基幹システムが同一の蒼天機<雷霆>も同じく感情エネルギー変換ドライブを搭載している。
感情がある限りほぼ無尽蔵にエネルギーを生み、エネルギ―がある限り自動修復するも問題はある。
問題は人間そのものが深く関係していた。
『元々緋陽機と蒼天機は一つとして開発された経緯があるんだけど、よくある方向性の問題にて衝突、二チームに別れて開発が再スタートしたんだよ』
EATRが人間を殺戮する理由が判明せずとも、正体が人間を生体コアとしたヨミガネなる人造兵器であると判明したことで、中の人間を救済するか、殲滅するか、二つの意見に割れたためだ。
結果、救済を目的とした緋陽機、殲滅を目的とした蒼天機、それぞれ最初の一基が完成した。
双方とも量子変換機能により待機状態であるデヴァイス形態と武器となる兵装形態の二種類となるのは共通であった。
ただ緋陽機の場合、感情によって出力を得る分、恐怖や戦意喪失、怒り、憎しみなどの感情では出力が減少する問題があった。
怒りや憎しみは明確な起爆剤となるが、あまりに強すぎる感情エネルギーは暴走による自壊の危険性があるため、使用者を守るために緊急停止プログラムが作動する。
恐怖や戦意喪失はマイナスの感情エネルギーなために変換システムそのものを機能停止させてしまう。
実際、イザミは<匣>の中身が人間と知った衝撃で緋陽機の出力を低下させてしまった。
蒼天機は緋陽機の問題を鑑みて感情によって出力が上下する不安定さを解決するために基礎出力そのものを大幅に向上、安定した戦闘を可能とした。
同時に一種類しか兵装を展開できない緋陽機と異なり複数の兵装を保持、あらゆる戦闘状況に対応するなど戦闘に特化した仕様となる。
『そして<ヤオヨロズ>なる感情喚起システムは緋陽機にしか搭載されていない』
ソフトウェア上、どうしても避けられぬ問題であった。
高出力安定化を目的とした蒼天機では基礎出力が高められている分、更なる出力向上を制御するだけの拡張余地(ペイロード)がないためだ。
なによりも<ヤオヨロズ>は敵を殲滅する意志を持つだけでは発動しない。
救済と殲滅――相反する感情に板挟みにならずして越えてこそ初めて発動する。
『もしカグヤが<ヤオヨロズ>を入手したら電圧による疑似的な板挟みにて運用する計画みたいだったけど、人間は常に希望、絶望と相反する感情を内に抱えている。殲滅なる片方の意志しか表に出さぬ状態では作動すらしないとボクは予測するね』
ヒメの指摘にカグヤは苦虫を噛み潰したような苦い顔をしていた。
イザミはあえてなにも言わず、目線そらすように校門のほうへ顔を向ける。
「ようやく来たか」
通報して五分、天岩学園に向けて救急車が隊列を組んで到着した。
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