第一五話 バケモノを殲滅するチカラ
ほんの五分前のことであった。
「あ~雨津の奴、いい加減死なないかな~」
クラスメイトの一人が悪意なく口ずさんだ。
ここは天岩学園高等部一年B組の教室。
昼休みとなる緩やかな時間帯、ほとんどの生徒が昼食を取り終えており、廊下で談笑する生徒がいれば、校庭でサッカーを楽しむ生徒たちもいる。
他の教室と似たり寄ったりの一年B組の空気は一人の生徒が口ずさんだことで自覚なき悪意の方向へと一気に傾いていた。
「またEATR討伐だろう? 学校さっさと辞めればいいのに」
「ここ<サイデリアル>系列だぜ。辞めたくても辞めさせてもらえねんじゃねえの?」
「しかも、クシナ先生の実家、流川重工だぞ。こっちも<サイデリアル>」
「そういやクシナ先生。大急ぎで飛び出してったな」
「雨津の奴が脅して呼出したんじゃないのか?」
「あはは、あの雨津ならありえる!」
教室は侮蔑に傾倒した笑いに満ちる。
「いい加減にしようよ!」
机に手を叩きつける音と共に黒縁眼鏡の男子生徒が立ち上がっていた。
中性的で大人しめな顔に柔和な目尻、クラス内でも大人しくとも話し上手で聞き上手な性格なため、クラス委員を任されるほど信頼は篤い生徒――根方カグヤである。
笑いは一瞬で引くも、今度は教室中の不満げな視線がカグヤに集中する。
「おい、根方、それどういう意味だよ?」
「そういう意味だよ。みんな、どうしてそう笑えるの。僕には分からないよ」
「お前、クラスでよくそんな……あ、そうか、お前はあの時、風邪で休んでいたから分かるはずないもんな」
「状況は知っているよ」
クラスメイトが一人を除いてイザミを嫌悪し疎んでいる。
原因は半年前、校外学習先で起こったEATR襲撃事件だった。
「このクラスの乗っていたバスがEATRに襲撃され、全員が車内に閉じ込められた。けど、雨津くんが一人で脱出して、外のEATRを討伐した……」
「そうだよ、あのEATRバカはまだ遠くに敵もいたからとおれたちを助けることなく行きやがった。どんだけ怖かったか、どんだけ……」
男子生徒の一人が拳を滲ませ、己の無力さを噛みしめるように震えた声を上げた。
「だからって、雨津くん一人を責めるのは間違っている!」
「間違っているだと? 見損なったぞ、根方! あいつはな、EATRさえ討伐できれば他はどうでもいい奴なんだよ! 討てれば人の命なんてどうでもいいんだ!」
「本当に、そんなこと思っているの?」
失望した声音をカグヤは宿していた。
威圧されようと半歩も下がらぬ目を持ち得ていた。
「彼は救えた者に歓喜し、失った者に悲哀する――一喜一憂する人なんだ。ただそれを表に出していないだけ、内側では相反する感情がせめぎ合っているんだ。EATRを率先して討つのもそれが人命救助に繋がると考えているからなんだよ」
「お前、どうしたんだよ? 急にあんな奴の肩持つなんて、どうかしてるぜ?」
クラスメイトたちの困惑と侮蔑を練り混ぜた目線がカグヤに集中した。
「……はぁ~もういい、そろそろ潮時だな――こんな茶番、けっ」
失望するように吐息ついたカグヤは黒縁眼鏡を外し、前髪を手櫛でかき上げた。
眼鏡を外した顔つきは温和という鞘から抜かれた剣のような粗暴な目尻、中性さは男の持つ荒々しさへシフトしている。
クラスメイトの誰もがカグヤの豹変ぶりに困惑していた。
「お、おいおい、根方、なんでイメチェン?」
「いや、こっちが本当の……おれだよ」
一人称さえ変わり、言葉には他人を侮蔑し拒絶する言霊が宿っていた。
「気遣いなんて慣れないことすんじゃないな。これで最期となるお前らに後悔ないよう色々とお膳立てしてやったのに……お、予測通り来たようだな」
カグヤは窓辺へと移動すればそのまま校庭を覗き込む。
クラスメイトも釣られるように見れば、校庭に五台の大型トレイラーが進入していた。
「さあ、地獄の始まりだ!」
役者ぶった言い回しが合図のように五台の大型トレイラーが変形を開始する。
一つのブロックになったと思えば手が生え、背びれが生え、鋭利な牙を構築する。
大型トレイラー全てがカエルのような手足持つ金属の鮫となった。
加えて鮫の側面が開き、腹の中より黒い兎と黒いフードを被った狼が飛び出してきた。
数は二〇。
生徒たちが遠巻きに見守る中、続けざま鳴り響くのは非常ベルだ。
『ただ今より避難訓練を開始します。繰り返します。ただ今より避難訓練を開始します』
電子音声の校内放送が避難訓練を告げた。
「なんだよ、避難訓練かよ。脅かすなっての」
カグヤは鼻先で現実見えないクラスメイトの一人を笑い飛ばした。
「き、きゃああああああああああああああっ!」
悲鳴は一人の女子生徒からだ。
悲鳴の原因はなにか、校庭で起こった現状に把握出来ぬ生徒はいなかった。
「く、喰われた……」
校庭でサッカーを楽しんでいた生徒が鮫に丸のみにされたのをクラスメイトの一人が目撃していた。
捕食生物が獲物に喰らいつくように瞬きすら許さない。
「お、おいおい、避難訓練で用意したハリボテじゃないのかよ」
校庭にいた生徒たちは背を向け逃げ出そうと残らず鮫に丸のみにされる。
黒い兎は鮫の上に飛び乗り、フード被った狼は四足動かし校舎へと侵入する。
悲鳴と絶叫の二重奏が開始された。
「い、EATR! EATRが入ってきた!」
「れ、連絡! 連絡しないと!」
教室は瞬く間に混乱の坩堝となり、クラスメイトの一人が慌てるように携帯端末を取り出しては<S.H.E.A.T.H>に助けを求めようとする。
直通のホットラインが設備されているからだ。
「な、なんで通じないんだよ!」
「通じるわけないだろう。あの黒い兎は通信妨害を得意とするイナバラビット。如何なる無線通信を遮断する電波を常時耳から発している。いくら助けを呼ぼうと無駄さ」
「し、ぇ、シェルターだ! 早く地下シェルターに!」
クラスメイトの一人が切羽詰ったようにして叫び、教室後方へと駆け抜ける。
狂乱したのではなく、教室後方の壁には地下シェルターに通じる下降口があるからだ。緊急時に扉は開き、滑り降りる形で地下シェルターへの移動を可能とした。
「開かない! どうして!」
地下シェルターへの下降口は固く閉ざされ、開く気配はない。
「叩いても開かないっての、フード付きの狼は電子戦を得意とするフードウルフ。電子情報を操り、欺瞞を得意とする。今、学校のセキュリティは掌握されEATRがいながらEATRがいないとされている。どんだけ騒ごうが地下シェルターの扉は開かれんよ」
混乱と恐怖に晒される中、カグヤだけが異常なまでに冷静さを保ち続けていた。
「最後の鮫は擬態を得意とするイナバワニザメだ。乗り物に擬態することでセンサーから紛れ、出現を悟らせない。なにより厄介なのは体内に他のEATRを多数運搬できるキャリアー能力を持つことだ」
カグヤは侵入した三種のEATRについて教師が生徒に教えるよう語っていた。
「しっかし、よりにもよって幻想種が三種類とはな」
幻想種――EATRの中でも最上位の危険度Sにカテゴライズされる種であり、童話や神話などに登場する獣の形をした貪る金属である。
脅威度は絶滅種を凌駕している。
天剣者一〇〇人でも逆に倒される危険度を持ち、その畏怖にて明確な個体名が与えられていた。
「が、学校から逃げれば!」
「言っただろう。セキュリティは掌握されていると」
学校の外縁部が薄黒いドーム状の防壁に包まれている。
ディナイアルシステムのバリヤーがEATR侵入を妨げるのではなく、学校内にいる人間たちを閉じ込める檻として機能していた。
「便利さの弊害だな。侵入を拒絶する壁が今では脱出を拒絶する壁。まあ、おれにとってはどうでもいいが」
もはや自分は関係ない他人事と言った風にカグヤは鼻歌交じりでいた。
『ワオオオオオオオオオオオオオオンッ!』
獣の遠吠えが間近で響くなり、生徒の誰もが身を強張らせている。
開かれた窓よりフードウルフが突撃するのを網膜に映したカグヤは軽く笑みを浮かべれば右手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「ど~ん」
澄み渡る青空のような燐光が擬音発するカグヤと同時に発射音が響き渡り、突撃せんとしたフードウルフの胸部は丸く穿たれていた。
フードウルフは力なく落下していく。
だが、クラスメイトの誰もが落下するEATRよりもカグヤに注視していた。
「な、なんだよ、そ、それ……」
カグヤが手に握るのは蒼きハンドガンである。
青空のように澄んだ蒼さ持つ金属を削り出した精巧な銃身。
ブローバック式に近い形をしていようと銃器に詳しい生徒ですら形式を把握できない。
確かなのは銃口より放たれた蒼き閃光がフードウルフを一発で撃ち落した。
「なにって、バケモノを殲滅する武器(チカラ)だよ」
カグヤは口端を歪めては嘲笑するように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます