第一四話 大攻勢
三日後、全てが動き出した。
<S.H.E.A.T.H>極東支部、オペレータールーム。
座するオペレーター全員が忙しくキーボードを叩けば、口々に情報を伝え合うなど、さながら戦場を醸し出していた。
「第八第九混成部隊、絶滅種型EATR十二と交戦開始しました!」
「帰投中の三四部隊へ! 緊急、緊急です! オキノトリ島マイクロウェーブ受信施設にEATRが侵攻中! はい、絶滅種が十二体。現在、第八第九混成部隊が交戦中です! 大至急、救援に向かってください!」
「マイクロウェーブ受信施設南方より<裂け目>反応、絶滅種三〇の出現を確認! 待機中の五六部隊、七八部隊出撃してください!」
「補給部隊は可能な限り弾薬とバッテリーの急ぎ確保を! はい、敵の目的は恐らく電力遮断による星鋼機の無力化と推測されます!」
情報は戦闘において生死の境を分けるほど貴重なものだ。
敵を前にした天剣者に戦場全体は見渡せない故、オペレーターとの連携は生死を分けた。
「北北西の方角よりジャミングを確認、無線通信は不可と判断。通信手段を無線から有線に切り替えます!」
星鋼機はバッテリーなる器に電力を蓄積させて稼働するマシーンである。
従来の発電方法、火力、風力、水力、地熱、そして原子力で賄おうならば既存のライフラインに電力不足なる悪影響を及ぼしてしまう。
EATRと戦い続ければ続けるほど深刻な電力不足を招いていた。
解決策としてデヴァイス<緋朝>が開示した情報が太陽光発電システムの設計図と運用プログラムである。
衛生軌道上に発電衛星を展開させ、太陽光にて生産された電力をマイクロウェーブの形に変換して地上に送信、受け皿である施設にて受信する。
膨大な電気を過不足なく円滑に提供する。
一時は化石燃料の切り捨てと中東方面から危惧され一触即発となるが<サイデリアル>幹部の一人が中東に縁ある者であったため、その者の強い説得にて衝突は回避される。
発電される全ての電力は星鋼機へと回されるため化石燃料の切り捨ては行われずにいた。
各国家は第二、第三の発電システムを独自に建造しようと<サイデリアル>が資金を出し合ってようやく建造にこぎつけたほど膨大な額なため造るに造れない。
そして、現在、星鋼機の生命線と呼ぶべきマイクロウェーブ受信施設がEATRの襲撃を受けていた。
「……おかしい」
オペレータールームを一望できる待機室でイザミは渋い顔をしていた。
脳裏をチリリと焼く奇妙な感覚が時間と共に増していく。
現在、マイクロウェーブ受信施設を取り囲むEATRは増えに増えて五〇である。
全てがあの絶滅種であるが、第八、第九部隊を筆頭にした混成部隊が応戦している。
敵数は多かろうと練度の高い天剣者たちであるためイザミの出る幕はない。
「期待外れと落胆すべきか、それともまだ増えると警戒すべきか……」
戦局によってはイザミもまたマイクロウェーブ受信施設へはせ参じることになる。
大攻勢と聞かされたならば一〇〇や二〇〇と大軍が来ると予測したが五〇から敵数は増えていない。
「おれがEATRなら地上のマイクロウェーブ受信施設よりも宇宙にある発電衛星をミサイルかなにかで撃ち落とすが……」
受け手を落とすより元を断った方が戦略的効果は高い。
EATRが宇宙で活動できるか不明だが、人間は生身で活動はできない。
成長進化するEATRならば宇宙ですら適合するはずが、その兆しは一切見えずにいる。
オペレーターの中には発電衛星に目を光らせているも異常はなに一つ検知されずにいた。
「イザミさんっ!」
警戒を破るのは控室のドアをやや乱暴に開いたクシナであった。
学校より急いできたのか、激しく息を切らしては額に玉の汗が滲み、胸元開いたライダースーツの隙間へと身体のラインを伝って落ちる。
「クシナ。お前、今日は学校で避難訓練だろう?」
仮に避難訓練でなくとも他の地域でEATR出現が警戒される以上、防衛として配置された天剣者が持ち場を離れるなどあり得なかった。
特に職務に忠実なクシナが場を離れるなど蒼天の霹靂だ。
「本部から緊急招集のメールが届いたのです。第六部隊の天剣者は出動せよと」
イザミは怪訝そうな顔で眉根を潜めた。
状況を鑑みても担当の現場から離すようなメールを送るなどありえない。
仮に送るとしても受け手は悪戯の類と警戒するはずだ。
「一応、悪戯やミスの類を警戒して確認しましたが緊急であると返ってきました」
「なんだ、この違和感」
イザミの脳裏に焦げ付く感覚は段階的に増していく。
携帯端末を手に取ったイザミは迷うことなく天岩学園事務局へ電話をかけるも留守番電話であった。
「この時間帯は避難訓練の最中です。恐らくは教職員全員までも地下シェルターへと避難しているのでしょう」
EATR襲撃を想定しているならば当然の行動だろう。
せめて留守番を置いて行けば、と歯噛みした時、オペレーター側から通信が入った。
『雨津さん、失礼します』
「どうした?」
オペレーターは困惑を声に乗せている。
戦局に変化があったのか、正面モニターを見ようと敵増援は確認されていない。
減ってもいない拮抗した状態であった。
『つい先ほど警察の方から連絡がありました』
いぶかしむイザミだがともあれ内容を聞いていた。
『天岩学園より一一〇番通報があり、通報者があなたを呼んでいたそうです』
「通話記録は?」
『はい、今しがた警察側より受信しました。再生します』
切り替えにて発するノイズの後、遠くより悲鳴が幾重にも響いてきた。
『はい、こちら一一〇番、どうしましたか?』
『た、大変です! が、学校で、狼と鮫と兎が暴れていて……ええ、えっと、い、イザくん、あ、雨津イザミに、シ、<S.H.E.A.T.H>に大至急伝えて! が、学校がE―――ズガガガ、ズズズッ!』
通話途中でノイズが走り、短い再生は終わった。
切羽詰った声であろうと聞き間違えるはずがない、この声はミコトだ。
「オペレーター、天岩学園の防衛システムは稼働しているか!」
心臓の鼓動が急激に高まる中、思考を冷静に保ちつつイザミは問う。
『はい、稼働中です。天岩学園はこの時間帯に避難訓練にてディナイアルシステムを稼働させるとの申請があり今回の大攻勢を踏まえて<サイデリアル>より受理されています』
この時、イザミの脳裏で、狼、鮫、兎の三種が稲妻のように駆ける。
そして口ずさんだ。
「顔隠す狼は欺き、黒き兎は鮫の上で嗤って助けの邪魔をする。繋がるは九頭の獣、星は昇らず、陽は沈む、命奪われようとも現れし天は地を消し去ろう」
ゴースト・ゼロが口ずさんだ詩の中に、狼、兎、鮫の三種が確かにある。
「くそったれ、やられた!」
イザミは感情のまま拳を机に叩きつけた。
叩くも、窮地こそ冷静であれとの言葉を思い出し、感情をどうにか抑制する。
「オペレーター、今動かせる部隊は!」
『え、えっと、今現在動かせるのは出動待機中の第六部隊のみです。他はマイクロウェーブ受信施設への援護に回っています』
屋上で偶然にも詩を聞いたミコトは意味が分からずとも内容を覚えていた。
覚えていたからこそ三種の獣の名を出した。
マイクロウェーブ受信施設襲撃は陽動であり、敵本命は天岩学園だ。
「なら雨津イザミの名を持って第六部隊に緊急出動要請! 天岩学園は現在、EATRの襲撃を受けている可能性が十分高い!」
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