第八話 ゴースト・ゼロ
『うふふ』
イザミが戸惑おうとゴースト・ゼロは口元を緩めて微笑ましい表情を浮かべている。
『驚かれるなんて傷つくよ。折角のアドバイスで彼女を助けたというのに』
幼子のような声がはっきりを鼓膜を揺さぶった。
「だ、誰だよ、お前……」
イザミが誰何しようと、返答は残念そうな表情だった。
『……ゴースト・ゼロってきみたちがそうボクに名付けただろう?』
次なる返答は肩をすくめてときた。
『まあ名前なんて個体の製造識別番号みたいなもの。どこの誰がどうボクを呼ぼうとボクはボクなのは確かなことだよ。キミがキミであるようにね』
機械臭さと哲学的な物言いを感じた。
イザミは思わず手を伸ばしてはゴースト・ゼロに触れてみるも雲を掴むかのように青白い身体を通り抜けた。
『ボクに触れようとしても無駄だよ。ボクはここにいて、ここにいない存在。いないけどいる、いるけどいない。そんな曖昧な存在。キミはここにいるけど、ボクはいないって感じでね』
意味不明だとイザミは顔を曇らせ呟いた。
正体を問い質しても曖昧に流されるオチだろう。
だからこそ、確実でもっともな理由をイザミは顔を引き締めてから問う。
「何故、おれに敵が隠れ潜んでいるのを教え、クシナを助けた?」
『誰かを助けるのに理由はいらないよ?』
気分次第では見捨てていたことになるも、ゴースト・ゼロの助言にて助けられたのは事実であった。
他意がなく、ただの善意であるのがどこかひしひしと感じられる。
敵ではない――が一方で味方と完全に断じるにはどこか要素が足りない。
要は幽霊のように曖昧なのだ。
「……クシナ、銃を降ろせ。幽霊相手に弾の無駄だ」
イザミは隣で星鋼機を構えるクシナに命じる。
命令権などイザミにないのだがゴースト・ゼロがほんの少しでも敵対行動を見せれば発砲する気でいるため、自然と命令口調になっていた。
「まあ幽霊の怖いところはこの世の攻撃が一切通じないことですからね」
不承不承のクシナであるが銃口は降ろしてくれた。
もっとも引き金に人差し指が添えられ、安全装置は解除されたままである。
『それで他に質問はあるかな? 解答できる問なら解答できるよ?』
フワフワと浮遊するゴースト・ゼロの口元は緩み、嬉々として質問が来るのを待ち望んでいる教師のようだ。
「ならお前は何者だ?」
『さっきも言ったよね? ボクはボクだと。同じような質問は二度もしないで欲しいな』
期待外れの質問だったのか、口先を尖らせながらゴースト・ゼロは呆れていた。
「……ならば、今の今まで目撃者多数でも接触ゼロのお前がどうして接触してきた?」
『ん~キミは高いお空と深い地中、どっちの世界が好きかな?』
質問に質問を返してきた。
ナンセンスな返しであるが幽霊相手にまともな返答を期待するだけ無駄とイザミは率直に返す。
「高すぎれば落ちる。深すぎれば暗い。高すぎず尚且つ暗くない世界がおれは好きだな」
『ふむ』
ゴースト・ゼロは人間臭く嘆息した。
次いで唇が、そこはそっくりだね、と言った動きを見せるも耳で聞き取ったわけではなかった。
『さあ解答だ。近いうちにEATRの大群が一カ所に、そう大攻勢が起こるよ』
放たれた解答が戦慄と恐怖を与え、イザミの意識を硬直させた。
『ボクはただそのことを伝えにきただけ。まあ、伝えるなら天剣持つ誰でも良かったんだけど、今日たまたまこの場に駆けつけて、尚且つ絶滅種を倒した天剣に伝えるのが最良だと判断したんだ……人がいなくなるのは寂しいからね』
打算はないようだが、最後はどうも悔しさと寂しさを滲ませている。
大攻勢を通達する理由を垣間見た気がしたのは錯覚だろうか。
「大攻勢が起こる場所、日時は?」
はぐらかされることを見越して情報ソースをイザミはあえて問わなかった。
『さあ? そこまでは分からないよ。ただ近いうち……そうだね、予測では一〇日以内、世界のどこかにEATRの大群が出現する。後は天剣持つ自分たちで対処すればいい』
すればいいなど他人事だ。
いやEATRに対抗できる星鋼機を人類が持つならば当然の発言だろう。
この幽霊が、人類でないならば――これは下種の勘繰りになるため口を噤もう。
『さて、色々と質問に解答してあげたんだ。ボクの質問に一つぐらい答えてもらうよ?』
如何なる質問か、イザミはただ幽霊の言葉を待つ。
『キミは殺すべき敵を生かして救うべきだと思うかな?』
ゴースト・ゼロの問いにイザミが渋面を生むのは当然の流れであった。
「敵を、それも生かして救うだと? バカ抜かせ。敵は、EATRは問答無用で人々を殺し続けている。会話すらできない、する気もない、非暴力不服従が通じる相手じゃないんだよ、EATRは!」
この一〇年、人類はEATRと戦い続けようと、正体と目的は一切不明のままだ。
判明しているのはEATRの強さと体内に内蔵された<匣>が弱点であるのみ。
研究と正体解明のために<匣>を無傷で回収したくともEATRは損傷甚大による戦闘続行不可能となれば機密保持により跡形も残さず自爆する。
そのため研究は戦闘データの解析がメインとなっていた。
今では戦闘データのフィードバックにて星鋼機を改良、その改良された力でEATRに挑もうと、EATRは成長進化を経て更なる力を得る、その戦闘データのフィードバックにて星鋼機を改良――イタチゴッコとなっていた。
『そう、それが今のキミの答えなんだね』
納得した顔であろうと、ゴースト・ゼロから一抹の寂しさを感じられた。
『天に囚われ解放は何処か、地に飛び込み拘束は此処か』
急にゴースト・ゼロはアカペラで口ずさむように唄った。
『顔隠す狼は欺き、黒き兎は鮫の上で嗤って助けの邪魔をする。繋がるは九頭の獣、星は昇らず、陽は沈む、命奪われようとも現れし天は地を消し去ろう』
意味がさっぱり分からず、イザミは困惑しながらクシナと顔を見合わせる。
子供が口にすればただの痛い厨二病と笑い飛ばすか、受け流すかだろうと、相手は他でもないゴースト・ゼロだ。
笑い飛ばすことも受け流すこともできはしない。
「なんだ、その唄は!」
『さてね、ただの……そう、比喩的な言い回しさ』
一物含んだ返答であった。
謎であるゴースト・ゼロの更なる謎にイザミは思考を軋ませた。
『まあ、ボクから言えるのは、ボクはボクがしたいようにただ見守るだけさ。キミがキミの敵を討ち続けて人々を守るように、ね』
ゴースト・ゼロは口端を弓なりに歪めて笑う。
本心を実体のない幽霊のように掴ませない。
『最後に一つだけ伝えさせて欲しい』
イザミは内に蠢く憤りを自前の自制心でどうにか抑え続ける。
実体ない幽霊に言葉で弄ばされているようで不快だが、癇癪を起す子供ではなかった。
『きみは獣にならないでくれよ。これは偽りのないボクの本心だ』
伝えるだけ伝えてゴースト・ゼロは青白い燐光を発しながら消えていた。
「くそがっ!」
幽霊が消えたことで自制心を欠いたイザミは足元に転がる小石ほどの瓦礫を感情が爆発するまま蹴り飛ばした。
瓦礫は砕けたアスファルトの上を転がっては亀裂に入り込んで消える。
感情がまだ鎮まらぬ中、背後より心配するクシナの視線を感じながらもイザミは携帯端末を取り出した。
「……ああ、爺さん、おれだ。ちょっといいか?」
岩戸タケジロウへと連絡を取る。
ゴースト・ゼロとの接触に会話、十日以内に発生するEATRの大攻勢、真偽はともあれ報告する義務がイザミにはある。
イザミは早口でまくしたてた。
「不確定事項だ。大至急<サイデリアル>の幹部を集めてくれ」
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