第七話 非常識を常識としろ

「こ、こいつ……ぐうっ!」

 疲労は心身共に鎖のようにイザミを縛り上げ、指先にさえ力を入れさせない。

「クシナ、撃つな!」

 ティラノサウルス型は不可視の鎧に鋭き牙を食い込ませている。

 イザミはアンチマテリアルライフル型の引き金に指かけるクシナを制止する。

 彼女も気づいたようで青ざめた顔で引き金から指を離した。

「今撃てばおれたちはミンチだ」

 EATRの攻撃のほとんどを防ぎきる不可視の鎧であろうと万能ではない。

 攻撃を仕掛けた瞬間に隙ができると言うように、ディナイアルシステムは攻撃と防御を同時に行えるほど器用なシステムではなかった。

 もしイザミの制止がなければクシナは発砲していたはずだ。

 発砲した瞬間、ディナイアルシステムは力場を防御用から攻撃用にオートで切り替える。

 手足や尾が欠損したティラノサウルス型を一発で仕留められれば御の字だが、相手は絶滅種。分の悪すぎる賭けは早死にの近道となる。

「ば、バッテリーが!」

 クシナが絶望に似た悲鳴を上げる。

 ティラノサウルス型はスラスタの推進力でなお衝突を繰り返しては鋭き牙を不可視の鎧に突き立てている。

 噛む力のベクトルは不可視の鎧で逸らされ続けようと本体が接触し続ける限りアンチマテリアルライフル型の残存電力は秒刻みで消費されていく。

 加えてティラノサウルス型は執念のように牙をがっちり喰い込んで離さず、スラスタの推力で抑え込んでいるため中の二人は動くことなどままならない。

「あとどのくらいだ!」

「も、もって三分もありません!」

 今回、クシナは緊急要請で星鋼機を呼び出したためにマガジンは装填されていようと予備バッテリーは付随していない。

 バッテリー残量がゼロとなれば当然、命などゼロとなる。

 少しずつ指先に力が戻りつつあるイザミだが十全となるには時間が足りなさすぎた。

 残存電力が一五%を切った時、ティラノサウルス型はスラスタの逆噴射で距離をとれば、すぐさま仰角を変えるなりイザミとクシナの頭上を飛び越えていた。

 明らかに有利な状況下でありながら押し込まぬ動きに警戒を孕ませる。

 ティラノサウルス型は宙で前足、後足、そして尾の接合部を切り離す。

 ジョイント部を曝け出したと同時に物言わぬ遺骸となり果てた四匹の絶滅種が目に光なく起き上がった。

「動く、だと……」

 EATRと戦い続けてきたイザミだが<匣>を破壊されて動く光景など初見だった。

 光ない目を点滅させた四匹の絶滅種は無傷の部位を分離する。

 まるで死者の霊魂が宿ったようにティラノサウルス型の元へと集い、欠損箇所を補うかのように接続された。

 鉤爪の前足はステゴザウルス型の背面にあったワイヤー付き刃に、強靭な後足はトリケラトプス型の後足となり、重圧さを持つ尾はアンキロサウルス型の鉄槌付きの尾となる。

 最後にティラノサウルス型は口内より潰れた砲身を基部ごと吐き出せばパキケファロサウルス型の口内に収納されていた砲身を接続する。

 それ即ち開放ノ冥火が再使用可能なのを意味していた。

「まさか換装するとは……あの噛みつきは時間稼ぎか!」

 EATRが失われた部位を他のEATRの部品で補うなど今の今までなかった。

 だが、成長進化するのがEATRであり今までの常識は白紙となる。

 非常識を常識としろ。

 それがEATR撃つ天剣者が抱く常識だった。

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!』

 仕切り直しの合図としてティラノサウルス型の口内より黒き光線が放たれる。

 クシナが動けぬイザミを脇に抱きかかえて回避するも、動くだけで星鋼機の電力は消費されていく。

 不安定な宙でアンチマテリアルライフル型を片手で構えて引き金を引こうとティラノサウルス型の強固な装甲に銃弾は弾かれた。

 反撃としてワイヤー付き刃が宙へと伸び、左右から挟撃に入る。

 不可視の鎧が作動して身が切り刻まれるのを防ごうとバッテリー消費は防げない。

「クシナ、おれを降ろせ。もう一度ぶった切る!」

「ですが、あの一撃は消耗が激しいんですよ。最低でも三〇分は間を置かないと昏倒程度では済まないのは承知のはずです! またミコトさんを心配させる気ですか!」

「今やらなかったら心配が悲しみに変わるだけだ!」

 心配は相手が生きているからこそ抱ける感情だ。死体を心配する輩はいない。

「後でミコトさんのお説教ですからね!」

 バッテリー残量がクシナの決断を早める要素となり、ティラノサウルス型目がけてイザミを投げつける。

 クシナはミコトと姉妹のように仲が良い。今回の戦闘でまた無茶をしたと伝えるだろう。

 生きて帰り、ミコトの説教を聞く。これまたイザミの帰るべき日常だ。

 ドクン、と心臓の高鳴りがイザミの全身を揺さぶる錯覚を与えれば指先どころか全身に動かせるだけの力が湧いてくる。

 残る力で大剣を握りしめるイザミはどっしりと二脚で身構えるティラノサウルス型に急迫する。

 緋色と黒紫色の粒子が飛び散り、刃と鎚が鍔迫り合いを起こす。

 ワイヤー付き刃がイザミに向けて射出されるもクシナの援護射撃にて狙いを逸らされ瓦礫に突き刺さる。

 大剣と鎚は互いに譲らない。

 こう着状態となるのを許さぬとティラノサウルス型は怪しく両目を光らせれば、またしても四匹の絶滅種が部位欠落の状態で動き出し、四方からイザミに押し寄せる。

 遺骸から部品を得るだけでなく、傀儡のように操作する能力までも見せつけてきた。

 ティラノサウルス型は尾を引っ込めるように距離をとれば大口を開いて砲身を伸展させる。

 口内に黒き粒子が集っていく。

「イザミさん!」

 クシナが再度、援護射撃を行おうとイザミを物理的に抑えていたアンキロサウルス型が射線上に飛び出し背面の鎧で銃弾を弾いてきた。

「こ、これじゃ、動け、ぐうっ!」

 イザミは不可視の鎧で絶滅種三匹分の重量を耐えしのごうと一〇メートル先には開放ノ冥火を放たんとするティラノサウルス型がいる。

 クシナの援護射撃も意味をなさない。

 逃げ道もなく、隠れる個所もない。けれども諦める理由もない。

「そうだ、ここで諦めたら――ミコトの作った飯が食えないだろうが!」

 ミコトは毎日イザミのために食事を用意してくれている。

 学校の課題があろうと、忙しかろうと一食たりとも休んだことがなければ手を抜いたことさえない。

 時に些細なことで喧嘩しようと食事を抜くいじわるもしない。

 精々、嫌いなセロリが入って大好きな肉が減る程度だ。

 大剣の刀身から微かな緋色の粒子が芽生え、イザミの意識に連動するように色濃さを増していく。

 同時にティラノサウルス型は重き駆動音を響かせながら動けぬイザミに迫っている。

 口内の砲口にはなお黒さを増した光が集っており確実に仕留めるために接射にて放つつもりなのだろう。

 けれども敵にとっての好機はイザミの好機でもあった。

「振れば斬れる!」

 敵がこちらに迫っているということは、すなわち大剣の有効射程内に足を踏み入れたということ。

 最低でも一〇メートル先から放てば仕留められたものを、よほどイザミを消し去りたいのか、確実な方法を愚直にもとってきた。

「喰らいやがれっ!」

 敵よりも半瞬速く、イザミは緋色の粒子纏う大剣を頭上から振り下ろした。

 緋色の粒子が長大な刀身を形成した余波でイザミを抑え込む三匹の絶滅種を弾き飛ばす。

 ビルや瓦礫に遺骸を激突した時にはイザミはティラノサウルス型を左右に両断していた。

『ガア?』

 ティラノサウルス型は一瞬、なにが起こったのか把握できぬ声を漏らしたのも束の間、ぐらりと後方に倒れこみ、空に向けて断末魔のような黒き光線を放つ。

 黒紫のプラズマが全身を走ると同時に爆発、周辺に欠片と黒紫の粒子の煙を四散させた。

「に、人間、舐めんじゃねえぞ、鉄くず共、が」

<匣>を破壊した手ごたえは確かにあった。

 全身の力が急激に抜け落ち、イザミはアスファルトの上に倒れこんだ。

 また大剣もイザミの状態に連動するように武器からデヴァイス形態に戻る。

「イザミさん、大丈夫ですか!」

 血相を変えたクシナが慌ててイザミの身体を起こす。

 朦朧とする意識でイザミは顔を上げようと、肝心なクシナの顔はビックバンな部位により遮られ確認できない。

「あ~くそったれめ」

 一度目はビックバンな乳がクッションになった。

 二度目は視界覆う遮蔽物になった。

 けれども触れた、見たと男の性として喜ばしいことでもあった。

 そう感じられるのならば動ける証でもある。

「く、クシナ、無事か~?」

 介抱している以上、無事なのは確かなのだろう。

 鎮まりつつある眩暈の中、イザミは仲間の無事に安堵した。

「ええ、私はなんとか無事です。ですが、後でミコトさんに、し・っ・か・り・と! 話しておくように」

「うっ……」

 イザミは気まずそうに言葉を詰まらせた。

 何事にも代償はつきものであり、無茶をしたイザミはベッドではない場所で目を覚ます。

 今朝の目覚めは膝枕であろうと玄関である。

 一昨日は確か、家庭菜園の上で目覚めてしまった。

 一週間前は階段の上だったと記憶している。

「ともあれ報告にあった絶滅種五匹の討伐完了。後は……駆けつけた救助隊が行ってくれるでしょう」

 空を見上げればローター音を響かせる救助隊のヘリ三機が編隊を組んで接近している。

 要救助者が瓦礫の下にいるだろう――生きていれば。

 天剣者の仕事はEATR討伐であって人命救助ではない。

 EATR討伐完了はオペレーターを通じて救助隊に伝わっているはずだ。

 残る天剣者としての仕事はEATR回収班なる遺骸回収を専門とした部隊の到着を待つだけである。

 EATRの装甲は今の人類には再現不可能であろうと加工は可能なため、星鋼機の素材や他の工業製品の素材に転用できた。

 装甲はただ硬いだけではなく、表面には衝撃を受ければ吸収、拡散する幾層にも及ぶ分子の層が形成されている。

 特に衝突事故が起こる自動車などの対衝撃素材として重宝されていた。

 だが、今回の戦闘で遺骸が再起動を果たした以上、再利用ではなく完全破壊を視野に入れねばならないだろう。

『やあ』

 イザミの視界に幼き女子の顔が突然割って入る。

 青白い髪に白く透き通った肌、小顔で好奇心旺盛な瞳にどこかいたずらっ子のような唇を持つのは――ゴースト・ゼロ。

 視界を塞ごうと身体は青白く透き通っているため、景色は透過されている。

「なっ、ななっ!」

「ご、ゴースト・ゼロ!」

 イザミは戸惑い飛び起きれば、クシナは驚いてイザミの腕に抱きついてきた。

 二の腕に女のビックバンな柔らかさが伝わろうと戸惑いが神経伝達を上書きしていた。

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