オーバーライザー
こうけん
プロローグ
貪る金属、その名はEATR(イーター)
――希望ある限り絶望は影の如く喰らいついて離さない。
「も、もうダメだ! もう終わりだっ!」
男は悲鳴と怨嗟、絶望を織り交ぜて泣きわめく。
前方は絶望、背後も絶望。
前門の虎、後門の狼が文字通り仲間の亡骸の上に成り立つ窮地にわめく以外の選択肢を脳が出力しない。
「くっそ、こんなに湧くなんて聞いてないぞ!」
「もう予備バッテリーなんてないわよっ!」
生き残った者たちの叫びは雲一つない蒼天に吸い込まれるだけで状況に一切の変化を与えない。
三名を取り囲むのは異形の金属生命体であった。
総じて体躯は軽自動車ほどあり、地球上に生息する動物の姿を持とうと全身を毛皮ではなく鋭角的な黒紫の装甲で覆われている。
背面には戦車や戦艦に装備される砲塔が接続され、砲口は生存者に向けられていようと装填された砲弾は砲口の奥底で身を留めては戦局をあざ笑って今なお飛び出そうとしない。
正面にはタイガー型が二〇匹、後方にはウルフ型三〇匹が三人を挟み込み、人間だったものを四肢で踏み潰しながらゆっくり接近している。
彼の者らは敵対的金属生命体――通称、貪る金属EATRと呼ばれている。
一〇年前より<裂け目(クラック)>なる空間の裂け目より出現し、人類を虐殺し続ける正体不明の人類の敵であった。
「弾はないのか!」
「もうないわよ! 欲しければ死体から漁ればいいでしょう! 群の中に飛び込める勇気があれば、の話だけどね!」
仲間の一人が癇癪染みた声を上げる。
対EATR兵装を手に持とうと、雪だるま式に増えた敵の数に弾薬は余計に消費され、稼働させ続けるのに必要なバッテリーの残存電力が限りなく0に近い一ケタを示している。
バッテリー残量が0となれば如何に強力な武器であろうとただの鉄塊と成り果てるだけでなく、彼ら三人はEATRにより亡骸の仲間入りを果たしてしまう。
「どうして、こうなったの!」
女は震える手で大型ライフル銃を握り締めた。
――当初は一〇人いた。だが、今生き残っているのは三人だった。
二時間前、沿岸部にEATR出現の討伐指令が発令された。
数は三。強襲特化のタイガー型一に奇襲特化のウルフ型二。
危険度はBランク。
油断せず、連携さえ断ち切れば難しくない敵種である。
加えて幸運なことに別部隊も駆けつてくれたことで戦力は向上された。
交戦規定にてEATRとの交戦は基本五人一チームで交戦することが定められているが、例え一〇人、二〇人で一体のEATRを一方的に討伐しようと討伐報酬は分割にて減ることなく危険度に見合う額が一人一人必ず支払われる。
味方の数が多ければ討伐成功率は上がり、当然、生存率すら上がる。
連携を組み、現れた三体のEATRの討伐に成功――のはずだった。
「ウルフ型が透明化の能力を持っていたなんて聞いてないわよ!」
最後のEATRを屠った仲間は勝利を確信した瞬間、迂闊にも武器を手放してしまい、突如として真上から出現した別なるウルフ型に頭部を噛み砕かれた。
仇を取ろうと飛び出した仲間は足下の砂地の中より出現した別なるタイガー型にその身を跳ね上げられ、砲口を突きつけられた接射にて腹部をほふられた。
たった一度の奇襲を許したことが崩壊へと繋がり、三人しか生き残っていない。
「適応したんだろう!」
EATRの恐ろしさは戦車や戦闘機の近代兵器を寄せ付けない圧倒的な強さではない。
戦局に応じて自らを強化改良――生物学的に言えば成長進化させていくことだ。
一〇年前に出現したEATRに砲台などの遠距離武器は一切搭載されていなかった。
世界で最初に生産された対EATR兵装が剣であったことから、遠距離から人間を仕留めるために砲狙撃能力を身につけた経緯がある。
レーダー類を無効化する高いステルス性能を持つウルフ型が透明化を会得したのは奇襲性能を昇華させた結果であった。
「ま、まずは生き残ることを考えろ! あと援軍の要請!」
「さっきからしているけど、ジャミングかけられて通信が繋がらないの!」
生きるのを諦めない者がいようと戦局は絶望を押し上げてくる。
「しっ、しまった、バッテリーがっ!」
大型ライフル銃からバッテリー残量0を示すアラートが鳴り響いたと同時に、持ち主の手から大型ライフル銃は砂浜へと落下する。
すかさず持ち上げようとするも大型ライフル銃は砂地にめり込み、いくら持ち上げようと持ち上がることはない。
それどころか大型ライフル銃の自重にて砂地にどんどん埋もれていく。
「くっそ、おれもかっ!」
西洋剣を構えていた男が悪態着くように叫ぶと同時に剣は大型ライフル銃同様、自らの重さで沈んでいく。
対EATR兵装の基本重量は一〇〇キログラム。
本来なら持ち上げることさえ出来ない代物を軽々と持ち上げ、手足のように使用できるのは対EATR兵装に仕込まれた特殊システムによる質量軽減効果であった。
如何なる重量でも軽々と使用できる――ただしバッテリーの残存電力が許す限り。
バッテリー残量が0となれば持ち上げることすらできぬどころかEATRとの戦闘が不可能となりそれ即ち死を意味していた。
「し、死にたくない、死に、たく……」
女は恐怖に命を搾り取られる中、生への渇望を口にする。
EATRの群れは金属質の顔のまま表情をなに一つ変えず進んでいる。
そして三人を前にして停止すれば赤黒く鋭利な目で獲物を見据えて大口を開く。
背中にある砲台を一切使わず、その牙で惨たらしく噛み殺すつもりなのだろう。
誰もが死を覚悟した瞬間――
「死にたくないなら生きるのを諦めるな!」
天空から鋭い声が飛ぶ。
EATRの群れは三人が反応するよりも早く青空を仰ぎ見る。
上げた顔は砂地に落ちていた。
「えっ?」
三人の誰もが起った状況を呑み込めずにいた。
タイガー型の、ウルフ型、全部の首が漏れなく砂地に落ちている。
挙句に五〇匹はいたはずのEATR全てが縦に真っ二つへと成り果てていた。
天の声が響いて一〇秒以内の出来事だった。
「お前はまさか……」
生存を喜び合うよりも生き残った三人の誰もがEATRの亡骸の上に立つ人物に瞠目していた。
その人物は三人の視線に気づいているのか、眼中にないのか、ただ嘆くように呟いた。
「七人はもう、いないのか……――くっ!」
慟哭の嘆きを言葉とするのはフード付きパーカーを纏った少年だった。
顔はフードに隠されようと隙間から覗く顔立ちはどこにでもいそうなただの少年かもしれない。
だがEATRの群れを葬り去った証明に右肩には緋色に輝く大剣が乗せられていた。
対EATR兵装は刀剣型、銃火器型であろうと共通して製錬された黒色をしている。
この大剣は次元の異なる緋色の色彩を刀身そのものが放ち、太陽光に反射されてなお一層輝いている。
朝日のように眩く輝く大剣持つ少年を救世主と崇めるだろうか、たった一人で打ち倒した光景に畏怖を抱くだろうか。
三人が抱いたのは敬意でも畏怖でもなかった。
生によって得られる安堵であった。
「…………」
少年は三人の無事を確認するようにフード下から一瞥すればEATRの亡骸を台代わりに蹴って離脱する。
砂を巻き上げ、風を切るほどの速さだった。
「おい、待てよっ!」
お礼を言いに男が追いたくとも周囲をEATRの亡骸に囲まれ、身動きが取れずにいた。
「ねえ、あの緋色の大剣使い……まさか」
「ああ、間違いねえ、雨津(あまつ)イザミだ」
生き残った男は少年の名を口にした。
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