第一〇話 箱の中の会話
「おう、坊主、久しぶりじゃねえか」
エレベーターにいたのは四〇代のがたいの良い男であった。
黒に近い灰色の制服を着こんでおり、胸元には剣が刻印された六角形のバッチが照明で鈍く輝いていた。
服からほのかに紫煙の匂いがすることから屋上でタバコを吹かしていたようだ。
「そっちこそ珍しいな、おっさんがイワトの本社にいるなんて」
イザミはこの男を知っている。
なにしろ数ある<S.H.E.A.T.H>の実働部隊の一つ、第六部隊の隊長だからだ。
名は大車(だいぐるま)ダイゴ、齢四十三となる現役最高齢の天剣者である。
ヒグマのような強面ひげ面の見かけとは裏腹に性格は柔軟であり、鋭い判断力と面倒見の良さから他の部隊員からも慕われるなど顔が広い。
最近では<サイデリアル>より年齢を理由に実働部隊から指導教官への転向を薦められているも、当人は生涯現役と離れる気はないそうだ。
「当たり前だろう。近々EATRの大攻勢が起こるってのを聞けばじっとはしていられん。こうして直に情報をもらいに来たのさ。んで一仕事した後に屋上で一本ってわけよ」
「普通にメールで請求すればいいものを。代表権限で出来るだろう?」
「ば~か、こうして出向くことで円滑な交流が生まれるんだよ。交流が生まれれば何気ない情報も伝えてくれる。便利さに頼りすぎると足元をすくわれるぞ、坊主」
一理ある言葉にイザミは頷いた。
<S.H.E.A.T.H>の前身であった実戦データ収集チームの一五人は、現在、各々が第一から第一五の部隊を率いる隊長であり<S.H.E.A.T.H>の代表を務める一五人でもある。
<サイデリアル>の幹部たちに直接意見を言えるほどの強い発言力を持ち、加えて一五人の隊長は当時、幼く未熟なイザミに様々な物事を物理的に教えてくれた。
特に戦闘において猪突猛進気味であったイザミをゲンコツ制裁で戒めたのが他でもないダイゴだ。
「便利さに頼るか……」
イザミはデヴァイス<緋朝>を取り出した。
このデヴァイスもまた便利な道具の一つだろう。
便利すぎるが故、頼りすぎた結果、喪失によって生じる被害は途方もない。
かといって手放せばEATRへの対抗手段を失うことになる。
「おう、坊主、折角出くわしたんだ。これから空いている奴らと昼飯食うんだがよ、お前もどうだ? あいつらも喜ぶぞ」
またしてもお誘いときた。
話の筋からしてあいつらとは第一から第一五の部隊長の誰かを指すようだ。
折角の行為は嬉しくも、次なる予定は決まっている。
「岩戸の爺さんから同じように昼飯誘われたが、これから学校なんだよ」
「おう、高校生だったな。どうだ、学校は?」
「まあ、それなりに、かな……」
イザミはダイゴより目線を逸らせば意図的に語尾を窄まらせた。
学校は楽し――かった。そう楽しかった。
過去形だ。
今なお通い続けているのは保護者に対する義理立てでしかない。
学校もまたイザミにとって日常の一つであった。
だが、今は日常の一つではない。
捨てたのだ。日常ではないとイザミ自ら。
「まあ、戦う者と守られる者、いつの時代も考え方に隔たりはあるもんだ」
死地を何度も乗り越えてきたことと、大人であることで出せる言葉であった。
「だけどよ、坊主。捨てるのは構わないが、捨てた場所にいつまでも居続けるのも変だぞ。それは自分がまだ未練を抱いている証拠だ」
イザミは返せなかった。なに一つ、言葉ですら、威圧ですら。
「意外と詳しいんだな」
「お前と親しい部下から一応聞いているしな」
「……おれの選択は間違っていたのか?」
「んや、おれもお前と同じ状況なら同じ選択をしていた。お前に足りなかったのは口数だ。あと交流もな……」
人付き合いは過去の実体験からあまり好きになれない。
戦場にて背中を預け合い、共に戦った者ならば信じるに値しようと、戦いとは無縁の日常に住まう者とは肩を並べたことも、背中を預けたこともないため信じるに値しない実体験がイザミの背景にあった。
唯一例外なのがなんであろうとイザミを支えてくれた岩戸一家だ。
「難しいな……」
「ああ、頭の中なんて読めないし、見えないからな。不仲だとしてもどこかで妥協点を見つけ出して仲直りせな、目覚めが悪い。かといって気に入らないから殺しちまうのも、やりすぎて最後に残るのはボッチだ。だからよ、おれが言いたいのは例え言葉が通じなくても身振り手振りで自分の意志を相手に伝えることだよ」
相手を知るためには相手に自分を知ってもらう。
重要であるが、この世には言葉は通じるも話の通じない相手もいる。
特に無くしたものは返らないとの言葉があるように、失った関係は戻すに戻せない。
例え話をしよう。
もし時間と課金を重ねた大切なソーシャルゲームのデータが消去されたとして、苦労に苦労を重ねて同等のデータを会得したとしても消去されたデータと同じであろうか?
答えは元のデータの代わりになっているだけで消えたデータそのものとならない。
完全同一のものが返って来ることなど決してなかった。
「ゼロどころかマイナスから交流して新しい関係を築けってことか」
「おう、途方もないけどな」
納得はした。理解もした。
けれども状況を呑み込めるほどイザミは大人ではなくまだ子供だった。
「というわけで頑張れ坊主。おれはここで降りるからな」
食堂あるフロアでエレベーターは停止しダイゴは降りる。
「ああ、そっちこそ食いすぎて腹壊すなよ」
背を見送ったイザミは閉のボタンを押した。
下降する筐体の中、イザミは壁に背中を預け今一度考える。
「どう、接するか、だよな……」
マイナスから他人と交流し新たな関係を築くなどEATR討伐よりも難しき問題だった。
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