第三三話 黄泉の口へと
「み、ミコト……――ミコトっ!」
瞬きする間にミコトは消えた。
なにが起こったのか、イザミが把握したのは<裂け目>へと消える機械腕に捕縛されたミコトを目撃した直後だ。
『そう、マスタープログラムの干渉だよ。今まで何度か妨害は受けたけど、直に干渉を受けたのは今回が初めてだ』
機械だからこそ幽霊は目の前で人がさらわれようと他人事のように冷静だった。
「ああ、初めてだろうよ。くっそっ!」
イザミは己に悪態ついた。
マスタープログラムの生体コアが入れ替え時期であるならば動けないとばかり高をくくっていた。
結果、このザマだ。
瞬きも許さぬ間にミコトは目の前で連れ去られた。
マスタープログラムはヨミガネの総括者だ。
今までの種ならば出現を感知できたはずが、親玉をなに一つ感知できなかった。
<裂け目>はまだ存命している。
いや、意図的に誘い込んでいるのを暗き裂け目がヒシヒシと無言の圧力で伝えてくる。
「雨津、まだ急げば間に合うはずだ。そうだろうヒメ」
『うん、ボクの観測データではマスタープログラムの生体コアとして内蔵するには色々と下準備が必要となる。乾電池を填めるようにすぐ捕まえて、カチっと入れられるほど人間は単純な仕組みをしていないからね』
かつて、とある作家は言った、人間ほど不思議なものはないと。
不思議さがシステムに組み込ませる下準備を生ませているのだろうと、家族を部品にするなど到底許されるものではない。
「……クシナ、とりあえずおれを殴れっ!」
「ぜひ喜んでっ!」
共に背中を預け合った関係により、クシナは一切の疑問と戸惑いを持たずしてイザミに手を振り上げる。
口端に笑みを浮かべて握り拳――ではなく掌でイザミの右頬を殴り飛ばしていた。
外見はモデル顔負けの美貌とビックバンを持つクシナであるが天剣者であるため、相応に己を鍛えている。
下手に拳で殴れば手だけでなく骨まで痛めてしまう。
鍛えているからこそ拳よりも掌で殴ったほうが実用的だと把握していた。
「ぐ……がっ!」
加減なく掌で殴られたイザミは校庭に背を打ちつけ、意識を噛みしめたまま頭上にある<裂け目>から目を離さずにいた。
激を入れる程度の加減を相方に期待したのだが、加減できぬ理由が多いことに歯を噛みしめる。
「目が覚めたか?」
カグヤは殴らせた理由をどことなく悟っていた。
家族たるミコトが連れ去られたことで頭に血が昇っている。
この状態が続けば感情エネルギーは不安定となり<緋朝>は真なる力を発揮しない。
自らの感情を完全コントロールできるイザミではなく、落ち着かせるには時間が足りないからこそ外部による衝撃で目を覚まさせた。
「……クシナに殴られたのって何年ぶりだ?」
「おそらく5年ぶりかと。初対面時に乳デカとかからかってきた糞生意気なガキと殴り合ったのを覚えています」
起き上がるイザミは口内に鉄の味が広がるのを味わい、過去の殴り合いを思い出した。
大半はイザミの自業自得だが、逆に生意気だと拳でしめられたことさえある。
「ああ、互いの保護者が幹部だったせいで、否応にも交流しないといけないけどよ。最悪な初対面をきっかけに、しょっちゅう男勝りな不良お嬢様とケンカになったもんだ」
「ええ、ですけど、そのケンカを止めたのは他でもないミコトさんでした」
いつだって身を案じ、誰であろうと心配するのが、イザミの家族であるミコトなのだ。
お陰で今では互いに過去の遺恨なく交流は続き、戦地にて背中を預けられる仲にまで発展できた。
「……カグヤ、行けるか?」
「……ふん、バカにするな、お前の一〇倍、いや一〇乗は動けるぞ、い、イザミ」
一歩進んでイザミはカグヤを名前で呼んだ。
思いのほか効果はあったようで多少の驚きをカグヤから感じようとすんなり呼び返してくれた。
「だが、そう簡単に行かせてくれなさそうだ」
目尻を鋭くしたカグヤは天を仰ぎ見る。
開いたままの<裂け目>より一匹のヨミガネが降臨した。
ヨミガネは一言で空想上の生物――竜の姿を模倣していた。
「幻想種――ドラゴン型、あれはファフニールかよ」
ドラゴン型は数ある幻想種の中でも上位に位置する強力なヨミガネだ。
ファフニールが金銀財宝の守り手とされた伝承を倣ったのか、攻撃より防御に重石を置いたタイプであり<裂け目>へ飛び込むのを阻む門番として立ち塞がって来た。
装甲硬度はタートル型の甲羅を超えるほど堅牢であり、迂闊に攻撃しようならば武器が破損する恐れがあった。
「イザミさん、行ってください!」
クシナは樹木に擬態してある射出口より星鋼機を召喚しては各隊員に渡していく。
学校に天剣者を防衛として配置する以上、星鋼機を保管しておくのは当然であり、緊急時において天剣者の判断にて使用することが認められている。
襲撃時のハッキングで召喚不可となっていたはずだが、先見の目を持つオペレーターにより、エンジニアたちの尽力でシステムは復旧したとの報告が届く。
ただ保管されている星鋼機は一世代前の第三世代型である。
サイズは原型となった武器にディナイアルシステムの発動機が取り付けられた程度。
内蔵コンデンサはなく、出力も現世代と比較して一段階低い。
あくまで防衛が目的であるのと予算の都合が関わっていた。
「おう、坊主、心配せず行け。なに安心しろ、武器の優劣が勝敗を決めるんじゃねえ。ここで決まるんだよ」
鉄塊当然の戦棍(メイス)を右手で持つダイゴは、己の左胸を空いた手で叩く。
「蒼い坊主に元の星鋼機は壊されたが、幸いにも予備バッテリーは無傷だ。コネクタは共通だからよ、電池切れを心配する必要はねえ」
第六部隊全員が残らず星鋼機を構えている。
戦棍はともかく残るは刀剣二つと、ショットガン、ガトリングガンが一機ずつだ。
訓練カリキュラムにおいて天剣者は一通り様々な武器を扱う訓練を受けている。
しかも、この部隊は第六部隊。
数ある部隊の中でもずば抜けて生存率が高い部隊だ。
「――任せた!」
状況を託せるからこそイザミは頼むなどと言わなかった。
「ああ、さっさと助けに行ってそれから己の未練ときっぱり蹴りつけて来い。蒼い坊主、お前もだ!」
「とっとと行かないと、背中から撃ちますよ?」
ガトリングガンを構えたクシナは脅すように言う。
蜂の巣は正面でも背面でも困るため、イザミはカグヤと顔を合わせることなく、スタートダッシュを合わせて走り出す。
当然、阻止せんとしてファフニールは口内に紅蓮の輝きを溜め込み、吐かんとするもピンポイントで放たれる銃弾の嵐に阻害された。
「さあ、今ですっ!」
重量あるガトリングガンを片手で構えたクシナは発射反動で狙いをブレさせることなくファフニールの口部を狙い撃った。
銃火器の型が異なろうと狭き口内をピンポイントで狙い撃つ腕は流石だ。
口部より黒煙吐くファフニールの両脇をイザミとカグヤ、両名が走り抜けていく。
「ミコトを取り戻すまでだ! それまでどうにか耐えてくれ!」
「ば~か、この程度のトカゲ、一〇年前、何度も戦ったの知ってるだろう」
流石は第血世代である一五人の一人ダイゴだ。
多少の負傷はあろうと戦意に一切の衰えはなく、各隊員もまた伝播するように戦意を高揚させている。
「待っていろよ、ミコト!」
イザミはディナイアルシステムが生み出す力場にて跳躍する。
カグヤもまた遅れず同様の手口で跳躍し、共に<裂け目>の中へと飛び込んでいた。
「おっと、行かせねーってのっ!」
ダイゴは翼羽ばたかせて<裂け目>へ飛び込まんとするファフニールの横っ腹に戦棍を叩き込み、飛び立つのを阻止する。
金属同士を噛み合わせた悲鳴を上げるファフニールは校庭に墜落し土埃を舞い上げた。
「おめえの中にも人間入ってそうだが、問答無用で倒させてもらうぜ」
任された以上、やり遂げる。
なによりも校庭には救出作業をなおも続ける救助隊たちがいる。
逃げも隠れも出来ない状況下、第六部隊の鉄則は一つ。
「おまえら、生きることと戦うことを諦めるな! それさえ守れば後はどうにかなる!」
交戦規定にて<裂け目>への突入は禁じられている。
理由は単純明快。
敵本拠地へ繋がっていようと一度飛び込めば最後、二度と帰ってくることがないからだ。
一〇年前には正体と生態をいち早く解明するため、調査人員を<裂け目>へ直接派遣する無謀な試みを行った正規軍もいたが誰一人帰ってくることはなかった。
目が覚めたように無人観測機で調査しようと同じであり結果として<裂け目>への突入は禁じられた。
だが、一〇年後、この交戦規定は破られることになる。
雨津イザミ、根方カグヤ――の両名により。
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