第五話 天剣者

 デヴァイス<緋朝>がEATR出現を正確に予測するのか、原理は使用者であるイザミもよく知らない。

 解析不能なブラックボックスであるのが第一の理由だろうとイザミには関係なかった。

 EATR出現を感知し、いち早く現場へと急行する。

 急行するただ一つの理由は――

「そうだ――思い出せない過去よりも――先の見えない未来よりも――おれが必要とするのは連綿と連なる刹那(今)!」

 青春は短い。

 一生の何分の一にも満たない短さとなるだろう。

 一生を終わりなく味わいたい価値観など人生を腐らせるだけだ。

 例え終わりがあろうと、その日、その瞬間をイザミは選ぶ。

 なにより無慈悲なまでに日常たる刹那を奪うEATRを許さない。

「機能変化(モードチェンジ)<緋朝>戦闘形態(バトルオン)っ!」

 イザミの音声に呼応したデヴァイス<緋朝>が眩い緋色の輝きを発する。

 輝きは形を変えイザミの身長すら超える大剣となる。

 あの手の平に収まるデヴァイスが質量保存の法則を無視して武器となった。

 理由、法則、メカニズム、イザミが知るはずがない。

 確かなのは、これこそEATRを討つ力だ。

「間に合えよ!」

 アスファルトを蹴った衝撃が空気を強かに揺らす。

 脚力を加速力に変え、イザミはただ目的地へと突き進む。

「イザミさんっ!」

 疾走するイザミに後方から黒いレーシングバイクが現れた。

 レーシングバイクはイザミの左に付き、並走する。

 運転するのは黒いライダースーツに同色のヘルメットの女性である。

 女性だと一目で分かるのはライダースーツが胸のビックバンな部位のラインを浮かび上がらせているからである。

 このビックバンによりイザミは一目で誰かを言い当てていた。

「クシナ、お前、今日確かオフだろう!」

「ええ、オフです! ですから峠へツーリングと出発したらこの警報です! 天剣者(セイバー)として休んでる場合ではないでしょう!」

 ビックバン持つ流川(るかわ)クシナが彼女の名前であった。

 上げられたヘルメットのバイザー部から覗くのは切れ長であろうと綺麗な瞳。プロポーションは言うまでもなく、手足とてトレーニングに励んでいるとは思えぬほどスラリと細長い。

 イザミより年上であるも彼女が年下のイザミをさん付けで呼ぶのは育ち故である。

 <サイデリアル>の一つである流川重工たる企業が彼女の実家であった。

「星鋼機(せいこうき)はどうした!」 

<緋朝>に保存された設計図より製造された対EATR兵装が星鋼機であり、人類はこの武器を手にEATRに反抗し続けていた。

 そして星鋼機持つ者を人は天剣者(セイバー)と呼ぶ。

「既に召喚済みです!」

 並列して走る一人と一台の速度は時速一二〇キロを超えている。

 イザミがバイクと並走し続けている理由はデヴァイス<緋朝>にて身体能力が強化されているからだ。

 現場へ急行する中、進行方向である道路の一部が切り取られるように傾斜を露わとする。

 ほの暗き中より縦長のコンテナが同進行方向へと射出された。

「先行します!」

 アクセルを吹かし、クシナのバイクがイザミの先を行く。

 その間、コンテナはアスファルトの接触にて火花散らす中、外壁を自ら開いて戦車の砲身を思わせる長大な大型ライフル銃を露わとした。

 狙撃能力に特化したアンチマテリアルライフル型の星鋼機。

 クシナは相対速度を合わせ、左側へと付き、右手で星鋼機を掴み上げた。

 減速する気などない危険極まりない行為だが接触のタイミングは見事なものだ。

「システム起動を確認、バッテリー残量一〇〇%――行けます!」

 電車が地下を走るように、EATR蔓延る世界において緊急出現の対策として街の地下に星鋼機を届けるリニア運搬ルートが網羅している。

 天剣者の申請を本部が承認することで射出され、持ち主の居場所まで迅速に運搬する。

 今では珍しき電話ボックスや道路、バス停、ベンチなど射出口は巧妙に擬態されており、緊急時に置いてその口を露わとした。

「オペレーターより通信、イザミさん、繋ぎます!」

「いや、もう繋がっている! こちら、雨津イザミだ! 今クシナと現場に急行している! EATRの種類が分かるなら報告してくれ!」

 戦闘用通信インカムを左耳の穴にねじ込みながらイザミは状況を求めた。

 出現感知はできようと種類までの判別を<緋朝>はしてくれず、敵を前にしようと戦場全体は見渡せない。

 だからこそ、全体を見渡せ、情報を解析処理できるオペレーターが必要となる。

 衛星や周囲のカメラ、観測機にて収集した情報を整理し即断にてEATRと戦う天剣者を補佐することは彼の者たちの命を繋ぎ、勝利へと導く鍵となった。

 オペレーターによれば既にEATRは出現しているとのこと。

 数は五。

 本来ならば一〇匹どころか五〇匹、一〇〇匹など珍しくないがオペレーターからの次なる報告にイザミは両眼を見開いた。

「ぜ、絶滅種、それも恐竜型だと!」

 出現したのはEATRの中でも二番目の危険度Aにカテゴライズされる絶滅種であった。

 既に地球上から絶滅した生物を模倣したEATRであり、特に恐竜型は太古の地球を支配していただけに強大な力を持つ。

 戦力の比率は恐竜型を一とすれば天剣者は一五。

 一五人を投入してようやく一匹仕留められるか、逆に仕留められるかである。

 それが今回、五匹も出現した。

「クシナ、気を引き締めるぞ!」

「無論です!」

 大型ライフル銃を右手で構えたクシナは臆することなく返す。

 その姿は突撃槍を携えて馬を走らせる騎士のようだ。

 走り続けること三分、目視できる距離まで近づけば既に出現したEATRが瓦礫の上で暴れ回り、殺戮を繰り返している。

 圧し潰された乗用車が瓦礫の壁となって逃げ惑う人々の避難を妨げている。

 警察官が逃げ遅れた人々を背にピストル型星鋼機を発砲しているようだが、強固な装甲に阻まれ火花を散らす程度にしか効果を発揮していない。

 三つの角を顔に持つトリケラトプス型が頭を振り上げては警察官ごと逃げ遅れた人々を木の葉のように舞い上げる。

 背に硬質の刃と尾に鋭き棘持つステゴサウルス型が背よりワイヤー付きの刃を上空に射出しては手で払うかのように人々をズタズタに切り刻み、黒紫の装甲を鮮血に染めている。

 EATRの出現した地は人命の価値と尊さは紙切れ以下となる。

 命奪う金属に人間の倫理など一切通用しなかった。

「クシナっ!」

 上昇する感情ゲージがイザミから冷静さを奪い取る。

 つるりとドーム状の頭部を持つパキケファロサウルス型が、楕円状の装甲とハンマーのような尾を持つアンキロサウルス型が、共に建物に避難する人々目がけて背面ロケットブースターで得た加速で頭頂部や尾を突き入れて建物ごと人々を押し潰した。

 仮に運よく生き残りがいようと、頭部が、尾が容赦なく圧殺し血溜まりを作る。

「撃ちます!」

 五〇口径の銃口より放たれた二〇mm弾頭が片手撃ちで発砲される。

 本来伏せ撃ちにて発射を安定させるアンチマテリアルライフルを片手で撃とうならば発射反動で横転する。

 バイクの片手運転ならば不安定さはなおのこと増す。

 だが星鋼機にはディナイアルシステムたる斥力場生成攻防システムが組み込まれている。

 発射反動を相殺するだけでなく、姿勢制御、斥力場によるEATRの硬き装甲の破砕と、斥力たる拒否、拒絶をまとうシステムは既存兵器では不可能な討伐を可能とした。

 ディナイアルシステムにて生み出された斥力場まとう弾頭はステゴザウルスの側頭部を貫通し黒紫の粒子を血のように噴き出させる。

 この一弾でEATRはイザミたちの接近に気づき、逃げ惑う人々の殺戮を中断した。

「来ますっ!」

 三本角で瓦礫を突き崩したトリケラトプス型が轟音を纏いて一直線にイザミへ迫る。

 質量を活かした突撃は直撃すれば肉片すら残らないだろう。

 イザミは制動すらかけず、大剣を両手で担いで突進する。

 互いに進路を譲ることなく、衝突寸前でイザミは大剣を振り下ろし、トリケラトプス型は三本角を突き入れた。

 ブオンとの空気を裂く音と緋色の火花が飛び散り、トリケラトプス型は上半身を分断されて宙を舞う。

 先ほどまで人間を宙へと突き上げていた報いか。

 己がしたように亀裂走るアスファルトの上に亡骸となって落下していた。

『ぐぎゃあああああああああああああっ!』

『ぶぎゃおおおおおおおおおおおおおっ!』

 両脚を踏ん張って制動かけた瞬間のイザミを狙い、右からパキケファロサウルスの頭突きが、頭上から跳び上がったアンキロサウルスの尾の鉄槌が迫る。

 二匹ともロケットブースターのフルバースト加速つきだ。

 イザミは両脚を力強く踏ん張り二匹の攻撃を受け止める。

 正確には大剣が生み出す斥力場で受け止めていた。

 ディナイアルシステムに搭載された使用者を守るバリヤー――通称、不可視の鎧。

 無色透明のバリヤーだが、質量、運動、熱、各エネルギーを外部から受けた際、不可視の鎧は平面六角形の集合体として発光、指向性(ベクトル)操作にて攻撃を弾き逸らすことで使用者を守る。

 実際、逸らされた質量エネルギーは緋色の平面六角形の足跡を輝かせイザミの足元周囲を陥没させていた。

「クシナっ!」

「お任せあれっ!」

 抑え込まれたパキケファロサウルス型の頭上を獲るのはバイク乗るクシナである。

 瓦礫をジャンプ台にして大きく跳び上がる。

 すれ違い様、至近距離より背面に銃弾を撃ちこみ、胸部貫通の一撃で仕留めて見せた。

 同時にイザミはアンキロサウルス型の尾をかち上げるように付け根から切り飛ばしては生じた慣性を殺すことなく回転を加えた一刀で黒紫色の身体を横に真っ二つとする。

 切断面は暗黒物質を煮立てて焦げ付かせたようにどす黒く、金属特有の光沢が一切ない。

 代わりとして異彩を放っているのが身体の中心部にある黄色の立方体であった。

 この立方体こそ〈匣(コア)〉と呼ぶEATRの中枢機関である。

 人間でいう脳髄や心臓を集結させた機関であるとされているが詳細は不明。

 解析不能なブラックボックスであるも、確かなのはこの〈匣〉を破壊されたEATRは死たる機能停止を起こす。

 イザミは逡巡もなく冷徹な顔で<匣>に大剣の剣先を突き入れる。

 突き入れられた<匣>は亀裂を増殖させてはガラスのように粉々と砕け散った。

 全EATRに共通する弱点。

 天剣者は如何にして<匣>を破壊するかが勝敗の決め手となった。

『ぴぎあああああああああああっ!』

 頭部に銃創持つステゴザウルス型の尾がイザミの横合いから迫ろうと逆手に構えた大剣の刀身で軌道を逸らす。

 柄を軸に剣先を天に向けたイザミは両手で握りしめ、剣劇に入る。

 大剣と尾が激突する度に重き衝突音が響き渡り、緋色と黒紫の粒子が火花のように飛び散った。

 かち上げ、突き入れ、逸らし弾きあうのを互いに幾度となく繰り返す。

 イザミは終わりなき剣劇に苛立ちを抱くことなく周囲に視界を走らせると同時に言葉すら走らせた。

「クシナ、気づいているか?」

「ええ、おかしいです」

 停車させることも降りることもなく、走行するバイク上から大型ライフル銃で援護狙撃を行うクシナもまた警戒を怠っていない。

 ステゴザウルス型は背面より射出したワイヤー付きの刃を手足のように巧みに操っては迫りくる銃弾をハエのように叩き落としていく。

 援護射撃がなければ縦横無尽に動く刃は刃先をイザミに向けていただろう。

「最後の一匹はどこだ?」

 イザミは尾を力任せにかち上げるなり、身を低くして首元に回り込めば横薙ぎにてステゴザウルス型の首を切り飛ばす。

 頭部切断にてワイヤー付き刃が緩んだ瞬間、真横へと跳んだイザミと入れ替わるようにバイク乗るクシナが後輪を滑らせるテールスライドで回り込み、距離を詰める。

 不可視の鎧の応用にて慣性を制御してはぴったりステゴザウルス型の前につける。

 そして銃口を切断面に突きつけた接射にて<匣>を撃ち抜いた。

 四匹目を仕留めようとイザミとクシナに喜びはない。

 オペレーターからの報告では恐竜型EATRは五匹のはず。

 最後の一匹が見当たらないからだ。

「どこだ、どこにいる!」

 気配を確かに感じていようとセンサーに一切の反応がない。

 低非探知ユニットによりセンサーの目を誤魔化しているのか、いつぞやのウルフ型のように透明化することで姿そのものを隠しているのか。

 気配は確かにある。確かに、ここにいるのだ。

「透明化はない、な……」

 周囲は倒壊した建造物により発生した土埃で覆われている。

 仮に透明化していたとしても姿形そのものを幽霊のように透明化できるはずもない。

 動けば大気の揺らめきにて位置を把握され、土埃により輪郭を焙り出されてしまう。

「イザミさん……」

「いたかっ!」

「いえ、ですが……あのビルの上に……」

 バイクから降りたクシナが警戒を緩ませずにとあるビルの一角を指さした。

「あ、あいつは!」

 指先を目線で追ったイザミは高きビルの一角に外見一〇歳前後の女子が立っているのを目撃する。

 ただの女子と根本的に異なるのは、足先が浮いていることと身体が幽霊のように透けていることだ。

 青白い髪を腰まで伸ばしては口元をマフラーで覆い、青白い鬼火のような粒子放つ白き外套を着こんでいる。

「ゴースト・ゼロ……」

 イザミは困惑と驚愕を声音に乗せていた。

 EATR出現ポイントに必ず出現する謎の幽霊だ。

 目撃者は多数だが接触者ゼロ。ゼロ故、目的が一切把握できない。

 特異性故、人間の記憶に残ろうとそこに出現していたと観測機には記録されない。

 よってゼロ。

 存在しながら存在しない矛盾を持つゴースト・ゼロのコードネームで呼ばれていた。

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