第5話
行ってきますもそこそこに外へ飛び出すと、愛用のロードバイクを駆って、北へと向かう。
今日は日曜。梅雨真っ盛りにも関わらず珍しく一日中晴れと予報に出ていたものだから、ぼくはサイクリングを楽しむことにした。
近所の総菜屋で食料を選んで、背中のリュックに詰めて再びペダルを漕ぐ。北大路通りまで出ると、延々西へ針路を変える。千本通りに合流したところで、再び北へと曲がる。ここまで来ると京都の主要な通りの一つである千本通りも二車線から一斜線に変わり、周囲の景色から高い建物が消えていく。
更に北西へ、およそ10分。緩やかな坂の連続に、たまらず額の汗を拭う。
「着いた」
紙屋川のほとりにある小さなお社。地図にも載っていないそこが、今日の目的地だ。
細長く古びた石段が、急な角度で山に向かって延びている。最後のスパートだと駆け上がると、これまた小さな鳥居とお社が、ほんの少しだけ開けた場所にぽつりと佇んでいた。
案の定誰もいない――と思いきや、先客がいた。一人というか、一匹だけ、石段で丸まって日向ぼっこしている狐がいたのだ。背中には窮屈そうに包帯が巻かれている。
ぼくの足音に気付いたのか、狐はぴくりと耳を動かし、顔を上げた。
「や」
挨拶すると、狐は再びまどろもうと目を閉じる。
ぼくは彼女の隣に腰を下ろすと、リュックを開けてビニール袋を取り出し、魔法瓶からお茶をとぽとぽとカップに注ぐ。ビニール袋の中には更に竹の皮の包みが入っている。
そこから香る臭いに引かれたのか、狐は物欲しげに顔を上げて、ふんふんと鼻を近づけた。
「食べる?」
彼女は何も答えず、じっと座ってそれを見ている。
ぼくはくすりと笑いながら、竹の皮におむすびの欠片と、皮を剥がしたからあげを置いて、そっちに差し出した。
「いただきます」
言って、おむすびにかぶりつく。からあげを頬張って、お茶で流し込む。
横目で見ると、狐も上品そうにもそもそと同じものを食べている。ずいぶん元気になったなあ、と目が細まる。
――奉行所で姿を現した化け狐。新陰流の一撃で致命傷を負っていたけれど、薫子さんが即座に救急の動物病院へと連れて行った。
手術の末一命をとりとめたはいいが、後遺症は残るらしい。今までのように自由に駆けずり回るのは無理だということだ。
薫子さんは好都合だと言った。これでもう、化け狐は二度と辻斬りなんぞやらないだろう、と。
しかしそこで彼女は眉を顰めた。この件、どうやって報告すればいいんだろうか。まさかお奉行様に「犯人は狐でした」と言うわけにもいかない。
結局彼女は泣く泣く、この事件を時効まで迷宮入り扱いすることに決めた。査定に響くとぼやいていたのが忘れられない。
「あ、」
気付けば一匹、もう一匹と子狐が集まりだした。合わせて三匹。歩く姿もたどたどしい彼らがお行儀よく横一列に並んでじっとぼくを見上げてくるもんだから、
「負けた。負けたよ」
根競べの景品として、ぼくは残っていたおむすびと皮をむいた唐揚げを差し出す。
子狐達は彼女と同じようにしばらく匂いを嗅いでいた。そのうち一匹が彼女の方を向いて、それから口を付けると、他の二匹もがつがつと食べ出した。
みんなはぺろりとそれを食べきる。すると眠気が襲ってきたのか、彼女のお腹に頭を埋めて、ごろりと横になって眠り出した。
ごちそうさまをしたぼくもそれにならって、石畳にごろりと身を投げ出す。
今日は梅雨の合間の晴れの日。湿気を孕んだ風が鼻を撫でる。
空の青さが、夏の近づきを告げていた。
相変わらず狐達は何も答えずに、尻尾を時々動かすだけ。
それでもぼくは彼女の横に寝転がりながら、雲がゆっくり動いていくのを、ぼんやりと眺めていた。
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