京都畸剣案内
鬢長ぷれこ
プロローグ
プロローグ
左腕から吹き上げる鈍く巨大な痛みに、眠りの淵から引き摺り起こされる。
質は刃物や鈍器ではなく、火傷によるものに近い。時々引き攣るように鋭い感覚が走ることを考えれば、例えばそこに200ボルトの電気を流す、映画でしか見たことのない拷問を彷彿とさせる――そんな激痛だった。
喘ぎながら布団を引き剥がし、手を伸ばして床から這いずり出てゆく。橙の二燭光が部屋をぼんやりと照らしていて、位置を把握するのに不自由はない。けれど痛みの強烈さは視界を圧迫するほどだった。
探し物はすぐに見つかる。寝るときはいつも、布団の横に置いているからだ。わざわざ視線を向けることもなく、半ば手探りでそれを掴むと、抱えるように引き寄せる。
それは義手だった。樹脂とカーボン材料とチタンと、その他色々なものが組み合わさってできた、ぼくの新しい左腕。
震えつつも、義手を左腕のアダプターに嵌めようとする。が、掴む掌はすでに脂汗でじっとりと濡れており、上手くいかない。波濤の如く一定間隔で迫ってくる痛みに、堪え切れず呻く。たった数秒のことが、ぼくの精神をぼろぼろに風化させていた。
「響」
ふすま越しに、かすれた声がかかる。「大丈夫か」
「大、丈夫、だよ」もう無理だ。そう言いたかったけれど、抑えながら、何とか違う言葉を返す。現に今、アダプターとジョイントが上手く嵌めあった。その一瞬、電撃が走って、義手ごと左腕が跳ね上がった。比喩ではない。神経と信号系統が繋がったのだ。コンデンサーに溜まっていた電荷が脊髄を駆け上っていく。反射的に吐き気がこみ上げてきたけれど、それを境に激痛は治まっていった。
「そうか」声――父さんのものだ――はそれきりで、床がきしむ音が遠ざかった。
荒い息が、徐々に落ち着いていく。同時に再び眠気が襲ってきた。今は何時だ。枕もとのスマホを手に取ると、03:18という数字が暗がりに照らし出された。アラームが鳴るまで、およそあと3時間ほどしかない。
――幻肢痛。脳が作り出す幻の痛み。足りない手足を求める悲鳴。
左腕を失ってから、ぼくは毎晩、この痛みに悩まされてきた。原因は未だ分からない。世界には同じように苦しむ人が何人もいるけれど、結局根本的な治療は確立されていない。ぼくの場合だと、どうやら義手をつけることでその瞬間だけは脳を騙せるらしく、このように痛みが引いてくれるのだ。
だから夜中に飛び起きるのも、脂汗をかきながら必死で義手をつけるのも、父さんがその時間に起きててぼくに声をかけるのも、どれも毎夜のことだったのだ。
もう痛みは殆どない。安堵すると同時に、気絶するように眠りに落ちていく。
瞬間、決まって瞼に描くのは。
大和田つくね、柳生薫子。
京都を代表する二人の最強剣士、その笑顔だった。
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