第19話 仮説と事実
「まず、児玉さんがこの村で為そうとしていること。それは権田さんの記憶を取り戻すことなんかじゃない。」
駐在は頷く。トネリが不安そうに私の手を握る。彼女を安心させるために指を絡める
「この村の人達にはセキュリティ用のチップでブロックされ、もしもの時に思考を抑えることが出来る、というあなたの推測も考慮させてもらって・・・・・。」
駐在は何も答えない。思いっきり眉間に皺が寄っているが。私は続ける。
「児玉さんは処置の主導的な人間としてセキュリティの事は当然知っている。でも、彼はこの村に一人でやってきた。何故?村人は彼のことを認識できないかもしれないのに。」
駐在が一瞬トネリに目を向けた。この村で児玉が頼れそうなのは、自分かトネリくらいだと言いたいのだろう。だが、それは私の予想とは違う。
「彼はトネリと権田さんを引き合わせることなんて出来ないし、権田さんの記憶が絶対に戻らないと分かっている。記憶に揺さぶりをかけるなんてアナログなことは意味がないこともね。」
「俺は、本部から命令を受けている。」
駐在が意を決したように呟いた。
「トネリと権田が共存できれば研究目的は達成だと。だから、児玉さんは本部からすれば迷惑な存在なはずだ。権田の記憶が戻れば、こんな村からすぐに出て行くだろうからな。だが、本部は児玉さんを止めるどころか、協力しろとさえ言う。俺も分からないんだ。」
トネリは首を傾げた。彼女には意味が分からないのだろう。
「処置を推進した人間達がセキュリティ以外の特殊な措置を受けているとしたら。そして、村人達は既に彼の兵隊になっているとしたら。」
「俺も考えた。しかし、児玉さんがこの村に来てもう長い。その間、村人達に変化があったとは感じなかった。もし、児玉さんが「村人達を意のままに操れるとしたら」、彼の目的はどうあれ、とっくに行動していてもおかしくないはずだ。」
「最近、おかしいと思ったことはない?」
「おかしい?」
「児玉さんの動きを思い出してみて。」
駐在は頭を傾けているが、思いつかないようだった。
「あの台風の時くらいしか・・・・・・。」
「私がこの村に来たとき、あなたは猛反対したわよね。今思うと、それは当然なのよね。この村の秘密が外に漏れる可能性があるんだから。でも、児玉さんは違った。私をこの村に住まわせるよう、あなたを諭した。」
「ああ・・・・・・。」
駐在は思い出したように間抜けな声を出した。
「児玉さんからしても、村の人間を使って何かをしようとしているなら、外部の人間なんて邪魔な存在のはず。でも、彼はそうじゃなかった。私を利用できると判断した。」
「あんたに何ができるんだ?」
少し呆気にとられた様子で駐在が言った。
「彼らを連れ出すこと。児玉さんじゃなくて、村人達を。」
「何?」
「私の仮説よ。児玉さんの真の目的は「村の外に彼らを解放すること」。」
駐在は腕を組んだ。
「児玉さんの兵隊となった奴らを村の外に解き放つ・・・・・・。」
「危険よ。記憶が消えているとはいえ、元凶悪犯ばかりなんでしょ。」
「児玉さんの狙いは?」
「息子夫婦のことが無関係ではないはずよ。そこから考えると、真犯人が村の外にいると考えるのが妥当かしら。」
「スミ婆さん達が犯人ではないってことか。」
「実行犯の可能性はあるけどね。」
そこまで話し終え、二人共黙り込んだ。全て仮説のままだ。しかもかなり飛躍した考えだと自分でも思う。
ねえ、二人共。
トネリが囁くような声で呟いた。
私と駐在はトネリの方を向く。
「お爺ちゃん、怒ってる?」
その意味が分からず、答えに戸惑っていると、何者かが玄関の扉を叩いてきた。
心臓が高鳴る。駐在が青い表情をしていた。トネリが私にしがみつく。
玄関を叩く音は更に勢いを増す。
ドン、ドン、ドンと強い力で叩き続けている。
身震いがした。村人の誰か。
「おーい!香澄ちゃん!」
橋じいの声だ。声のトーンはいつもと変わらない。
駐在が出るな、と小声で制する。
「おーい。」
「おーい。」
「香澄ちゃん。」
「おーい。」
「香澄ちゃん。」
「おーい。」
橋じいは暫く玄関を叩いた後、諦めたように去っていった。
私達は一斉に止めていた息を吐いた。
「びっくりしたわ。こんな話をした後だから。」
「あんたの説は当たりかもしれねえな。そして、児玉さんには見抜かれていたのかも。」
ぞわっと背筋に悪寒が走る。
「一人じゃねえ。大勢で来てやがった。しかも、何の要件かも言わねえ。機械的な呼びかけだった。」
駐在は額の汗を拭った。
「もう村に居られねえな。これ以上は危険だ。村の外まで逃げれば奴らは追ってこれないはずだ。」
トネリが私にしがみついてきた。小さい身体が震えている。
「夜になったら逃げるぞ。奴らに見つかる前に。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます