第12話 スミ婆さんのこと③

 陰鬱な気分だった。

 私は無言で沈んでいた。色々考えてはいるが、何も頭に残らない。意識が遠くに行っているようだった。

「大丈夫かい。」

そう言ってほうじ茶を汲んでくれたスミ婆さんを見て、ようやく意識が戻ってきた。

「はい。」

「早く村を出な。そんで、忘れな。きっといい事はない。」

「でも・・・・・・。」

「何か未練があるのかい?」

 言うまでもなくトネリのことだ。

「誰かに惚れちまったとか。」

 図星だ。ただ、スミ婆さんがイメージするだろう恋とはかなり対象が異なるが。

「今一緒に住んでいる小さな女の子がいるんです。」

「村の子かい?」

「はい。私が来るまで一人で暮らしてたんです。」

「ひょっとして金髪の子かい。外人みたいな・・・・・・。」

「そうです。」

 スミ婆さんが知っていることが逆に不安でもあった。

「もし村から出るとしたら、その子の事が心配で・・・・・・。」

「一人でほったて小屋みたいな場所に住んでるのを見たことがあるだけだ。よくわからん。ただ、あの子も村の人間だろう。まともだとは思わない方がいい。」

 大好きな人のことを言われて一瞬頭に血が上ったが、トネリはそうじゃない、と言い切れない自分が情けない。

「間違っても外に連れ出そうなんて考えるんじゃないよ。」

 スミ婆さんの言葉が心に重くのしかかった。


 スミ婆さんの家を出た後、哲やんが待っているのが見えた。

さっきの話を聞いた後なので嫌でも警戒心が強まる。

「おう、香澄ちゃん。無事だったか。何かされなかったか?」

「ええ、とてもいい方でしたよ。」

 そう言うと、哲やんは目を丸くした。

「あの婆さんがかよ。また都会でホステスやってたとかホラ吹いてたんじゃねえか?」

「そうですね。」

「そんなの信じちゃ駄目だぜ。あの婆はこの村の育ちなんだ。」

 はあ、と気の抜けた返事をした私に哲やんは呆れた顔を見せた。

「お人よしだな。あの婆さんは子供を亡くしてからおかしくなってんだ。それ以来、村に子供がたくさんいるとか妄言言ってるんだぜ。」

「でも、お婆さんには孫がいます。」

「だから、その子供の残り種だよ。婆さんの家に遺影があったろ。あれは旦那じゃなくて息子なんだよ。」

 私は目を見開いた。あれが息子?遺影はあまり年齢が分からなかったが、決して若くないように見えた。

「あれは息子じゃないって思いこんでんだ。だから、息子の嫁は孫を連れて婆さんの元から逃げた。息子が死んでから、婆さんはずっと同じことを言ってる。都会のホステス、旦那と駆け落ち。阿保らしい。あの婆さんは昔からここにいるんだ。」

 どっちが本当のことなのか、訳がわからない。

「旦那さんも村の人間だったんですか?」

「もちろんそうだ。息子は駐在だったな。」

 身体に電流が走ったような気分だった。

「あのクソの前の駐在だったんだ。スミ婆さんの息子は。まだ数年前の話だぜ。」

 私が息を呑みこんだ。

「で、突然いなくなったんだ。それから暫くしてスミ婆さんが狂った。それで俺達は理解したんだ。息子が死んだってな。」

 哲やんにしては全く真面目だった。

「ま、こんなもんだな。早く帰ろうぜ。」

 急にあっけらかんとした表情に変わった哲やんに、私は安心できなかった。

「香澄ちゃん、変なことに首を突っ込まねえ方がいいぜ。」

 それは、ここに来る前に言われた言葉だったが、全く違う言葉に聞こえた。

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