第21話 疑いながら歩を進める
越野ゆきと、橋じいを含む数人でスミ婆さんの家に行くという。
「どういうことなの?」
私は小声で囁いた。駐在は首を横に振った。絶対に応じるな、ということだ。
「俺達は村人じゃない。エンディミオンファーマの人間だ。」
橋じいの声だ。その言葉に驚いた。駐在も驚きを隠せないようだ。
「そんな奴らがいることなんて俺は聞いてないぞ。」
「君は知らなくて当然だ。我々はずっと前からこの村に潜入しているのだ。」
冗談だろ、といった様子で駐在が両手を宙に投げ出した。
「何のために?」
「村人のモニタリングだ。君とは異なり、村人の記憶を取り戻させる方だがね。」
「それこそ「どうやって?何のために?」って感じだな!」
吐き捨てるように駐在が言う。会社に裏切られた気持ちがあるのかもしれない。
「処置が完全なものか検証のためだ。方法は悪いが言えない。しかし、今までに完璧だった処置などない、ということだけ伝えておこう。」
「何だって?じゃあ今まで村人の中で記憶が戻った奴がいたってことか?」
「そのとおりだ。連中は研究所に戻った。そして再処置を施されて村に戻ってくる。その繰り返しだ。」
「じゃあ、今の村人の中にもそんな人たちが?」
私は思わず口を挟んだ。
「そのとおりだ、香澄ちゃん。だが、その連中は危険だ。他の村人達より処置が深い。」
その言葉に一つの確信を得た。
深い処置を受けたはずなのに危険。ということは、やはり処置を受けた者は児玉の兵隊になる可能性が高い。
「越野スミは銃を持っている。迂闊に近寄れば命がないぞ。」
駐在は橋じい達に対する疑いを捨てきれていないようだった。玄関の外で橋じい達が何かを話し合っている声が聞こえた。
トネリの反応を伺う。手が小刻みに震えている。しかし、その目は揺らぎない。 何を信じてよいのか分からない中で必死に真実を見極めようとしている。そんな表情だ。
「スミ婆さんの元へ行ってどうするつもりなの?」
駐在が制するのを無視して橋じい達に問いかける。
「彼女の誤解を解くためだ。そして、協力してもらう。」
橋じいが言う。
誤解?
その言葉がひどく引っかかった。
「あの女の息子はエンディミオンファーマの人間だった。」
「越野玄一ね。でも、彼は・・・・・・。」
私は言い淀んだ。トネリがいる前で口にしたくはなかった。
「そうだ。児玉さんの息子夫婦を殺害した人間だ。」
「・・・・・・間違いないのね?」
その瞬間、トネリの目が大きく開いたのを私は見逃さなかった。彼女は両親について何も知らない。顔も覚えていない・・・・・・はずだった。
「ああ。」
事情を知らない橋じいは答えた。
「これからスミ婆さんの家に行き、全てを明らかにする。彼らが何故児玉さんの息子夫婦を殺したか、それはおそらく児玉さんが思っているのと全く異なるはずだ。」
「どういうことなの?」
「児玉さんの息子は、この村の計画に深く関与していた。だが、責任者である児玉さんに反発し、エンディミオンファーマから離反した。児玉さんは、おそらく全てを明らかにされるのを恐れたエンディミオンファーマが越野玄一に命じて口封じをさせたと思っているだろう。だが、それは違う。彼が狙われたのは、ある情報を知っていたからだ。」
「ある情報?」
「処置の不完全性を解析したデータだ。記憶が戻る障害が度々起こっていたが、これがあれば完璧な処理が可能になる。彼はそれを知っていたから殺されたんだ。」
「越野玄一に殺されて、そのデータを奪われたのね。」
「いや、そのデータは結局見つからなかった。最後まで児玉さんの息子はデータのありかを吐かなかった。なのに、抵抗にあった越野は児玉さんの息子夫婦を殺してしまった。データの在り処は闇に葬られた。」
「じゃあ、越野玄一が殺されたのは・・・・・・。」
「息子夫婦を殺された児玉さんが、報復に誰かにやらせたんだろう。」
今の話にも疑いは残る。不完全性のデータなどがあるならば、責任者である児玉が知らないわけはない。
それに、児玉は権田が越野玄一を殺した、と言っていた。それを橋じい達は知らないようだ。駐在と目を合わせると、苦々しい顔で笑った。
「この話が本当だとして、今の私達には関係ないわ。何故スミ婆さんのところに行く必要があるのか聞いているのよ。それをスミ婆さんが聞いてどうなるの?」
「今の話を聞けば、スミ婆さんの息子を殺したのは児玉さんだと言うことが分かるはずだ。そうなれば、彼女も我々に協力してくれるはずだ。児玉さんが動き始めた以上、この村に留まるのは危険だ。一刻も早く出る必要がある。そのためには彼女の力が必要だ。」
彼らの目的は、表面上は私達と同じ、この村からの脱出だ。
そして、既に児玉によって兵隊達が配備されていることが伺えた。
だが、そもそも、橋じいを信じてよいのか?彼はあの飲み会の日、児玉の名前を聞いた瞬間、他の村人と同じ反応をしていた。
彼が児玉に処置を施されて、騙そうとしている可能性も否定できない。
ふとトネリを見た。
強くしがみつきながら、真っすぐに私を見つめていた。
普通ではない状況を、必死に消化しているようだった。
私は立ち上がった。
「おい、どうするつもりだ。」
「行きましょう。」
「本気か?外にいる奴らは信用できないぞ。」
驚く駐在を横目に私は強く答えた。
「児玉さんが動いたなら、ここでじっとはしてられない。トネリを守って頂戴。」
息を吐いて、外に出た。
「だが、あいつらは・・・・・・」
「彼らが本当に危険なら、もう私達に逃げ場はないわ。」
駐在は俯いた。
確かにそうだ。橋じい達が児玉の兵隊なら、既に我々がここにいることは児玉にバレている。
取り囲まれて、終わりだ。
賭けなければいけない。
トネリと強く手を繋いだまま、私は扉を開けた。
扉の先にいたのは、ゆき、橋じいに加えて村人が2人いた。一人は、中田という40歳程度の男で、この村では米農家に扮していた。寡黙なのは演技ではないようだった。
もう一人は千田という50歳くらいの男だ。村に住んでいるが、普段は家の中に引きこもっているため、あまり村人との付き合いはない。香澄も、朝の早い時間に2、3度ジョギングしているところを見たことがあった程度だ。
「彼らはボディーガード?」
「まさか。彼らも俺と同じく潜入捜査員だ。」
橋じいはとにかく、残りの二人は鋭い眼つきで寡黙、仏頂面。やたらと筋肉質なのも近寄り難い。
とにかく、この状況を打破するためには彼らと共にスミ婆さんの家に行くしかない。
不安そうなトネリと手を繋ぎ歩いた。少し距離を置いて駐在がついてくる。何かあった時、後ろから撃てるように。
私達は、スミ婆さんの家に向かった。
北黒瀬村という楽園 佐藤要 @seventhheaven7076
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。北黒瀬村という楽園の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます