第14話 やむごとなき凶悪

 児玉は何者なのか。

 この村は何なのか。

 村人は何者なのか。

 トネリ以外の子供はどこに行ったのか。

 スミ婆さんは本当に狂っているのか。

 スミ婆さんの息子は何故死んだのか。

 駐在の役目は何か。

 そして、トネリは・・・・・・。


 トネリと幸せな生活を送る一方で、スミ婆さんと話をした日から、私の頭はそんなことばかり巡っている。

 私は、この村に住み続けたい。

 しかし、平和なこの村は、何か異常なものを隠している気がする。

 それをはっきりと理解しないと、いつか恐ろしいことになる。

 朝の畑仕事を終え、ふう、と大きく息を吐いた。家ではトネリがおにぎりを作って待っている。

「香澄。」

 児玉だ。まずは彼の正体と目的をはっきりさせることだ。

「香澄ー。」

 その次は駐在だ。村人とスミ婆さんはどちらを信用していいのか、今の時点では判断できない。スミ婆さんに言わせれば駐在は「外の人間」だ。

「かすみ!」

 トネリが呼んでいることにようやく気が付いた。もっとも大きな声を出したつもりでも彼女の声は元々細いのだが。

「はい。ごめんね。」

「何か考え事してるの?」

 トネリは心配そうに私を見ている。怒っているわけではなさそうだ。

「そうね。」

「お爺さんの事?」

「それもあるけど・・・・・・色んな事を考えてるのよ。トネリと一緒にこの村にいたいけど、この村で安心して暮らせないなら駄目だわ。トネリが不安に思うようなことがあってはいけないし。」

「ごめんね。変なこと言っちゃって。」

 トネリがしゅんとなった。

「だから、安心するためにもこの村のこと、もっと知りたいのよ。」

 その結果次第ではこの村を出ることも考えなくてはいけない。もちろん、その時はトネリも一緒だ。


 児玉は駐在所にいる。あの台風の日以来、身体の調子が良くないらしく、駐在が介護しているそうだ。駐在が呼んだという行政の助けはまだ来ないのだろうか。

 覗いてみると、駐在が暇そうにカウンターに腰かけている。どうやって手に入れたのか、文庫本を片手に居眠りしそうな雰囲気だ。

「ねえ、児玉さんいる?」

 私が急に顔を見せると、駐在はびっくりしたように跳ね起きた。

「驚かすなよ。見舞いに来たのか。」

「そうよ。」

「中にいるぞ。まだ起き上がるのがやっとだ。無理させんなよ。」

 ぶっきらぼうに駐在が言った。私はズケズケと駐在所に入っていく。それにしても駐在も慣れたものだ。あれだけ私を疎んじていたくせに。

 前と同じ奥の和室に児玉はいた。布団に横たわっていたが、私の姿を見つけて身体を起こした。

「気にしないで。無理しないでください。」

「なに、綺麗な女性の前では恰好つけたくてね。」

 児玉は髭まるけの顔で笑ってみせる。こういうところ、苦手だ。

「今日はどうしたんだい?」

 駐在が居眠りしかけているのを横目に確認する。

「ちょっと聞きたいことがあって。」

 警戒しながら確認する私の様子を見て児玉もふむ、と頷いた。

「まず、あなたは何故この村に来たのか、そして、誰を探しに来たのか。」

 児玉は苦笑いを浮かべた。

「トネリだね。あの子にしか言っていないことだ。私が誰かを探しに来たということは。」

 私はドキリとした。先走りし過ぎたかもしれない。

「構わない。あの子は子供だ。信頼している君に話すことは何も悪くない。」

 児玉は息を吐く。

「私は昔、この村にいた。駐在としてね。ちょうど今の新君と同じだ。どうやら知っているようだね。ならば話が早い。」

 私が驚いた反応を見せなかったことから、児玉は少し警戒を解いたようだった。

「私の名前は須磨だ。それも知っているかい?」

「ええ。トネリとはどういう・・・・・・。」

「彼女は私の息子の子供だ。」

 想定はしていたが、あまりにあっさり言うのでどこか現実実がなかった。

「息子は外国で結婚し、あの子を授かった。帰国後、暫くは東京で暮らしていたんだ。」

 だが、トネリの両親は・・・・・・。

「息子は死んだよ。」

 私は絶句した。

「妻と共に何者かに殺されたんだ。そして、あの子は行方不明になった。」

 児玉の目が光る。その瞳には底知れぬ影が潜んでいた。

「私は絶望した。生きる希望を見失った。悲しみも癒えぬまま、あの子を探し回る日々が続いた。手がかりは何もなかった。犯人も捕まらなかった。もう終わりだと思ったよ。」

 児玉は駐在の方を盗み見る。彼に聞かれたくないようだった。

「しかし、私は当時警察にいたんだ。だから、違和感が募っていた。」

「違和感?」

「まず、この事件について警察が捜査しようとしないのだ。メディアも報道しない。私は当時、警察でそれなりの地位にいたが、何も情報が入ってこない。この件に関する機密資料も何も残されていなかった。明らかにおかしかった。」

 児玉が目を開いた。

「すぐに思い当たった。私が以前勤務していたこの村だ。」

 ごくん、と唾を飲み込んだ。背中を汗が伝う。

「この村は、何なの?」

「この村は、実験場だ。」

 実験場?どういうことだろうか。

「村人達は常軌を逸した凶悪犯ばかりだ。猟奇的な犯罪を犯したものも少なくない。」

 背筋が凍った。スミ婆さんの予感は正しかったのだ。

「だが、そんな連中は他にも数多く存在する。なのに、何故この村にいる連中だけが罰せられず、こんなところにいるのか。それは、この村の連中があるカテゴリーに属するからだ。」

 カテゴリー。どういうことだろうか。

「この国を影で操れるほど、影響力のある家の生まれだということだ。財界の超大物、宗教家、警察のトップ、政治家、メディア王・・・・・・。つまり、事件を表沙汰にする前に何とか出来る連中の一族だ。」

 この国でそんな事が起こるとは俄かに信じられなかった。児玉は続ける。

「しかし、凶悪な犯罪者を生み出したとなれば、一族にとって最大の汚名だ。彼らは凶悪な彼らの「親族」を世間から消す必要があった。しかし、彼らの元に匿ったところで危険性がなくなるわけでもなく、いつ人の目に触れるか分からない。そこで手を貸したのがエンディミオンファーマという製薬会社だ。」

 児玉は製薬会社と言ったが、エンディミオンファーマは世界的な規模の総合医療メーカーだ。

 医療現場で使用される薬や医療材料、医療機器、消耗品、請負業務まで手広いが、治験や共同研究にも注力しており、新薬や医療技術の開発で多大な成果を挙げている。

「そのエンディミオンファーマが開発した技術は、脳の特定部位を死滅させることで、彼らの記憶と攻撃性を排除するというものだ。」

「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声が出ていた。その直後、駐在に気付かれたのではないかと思い、後ろを振り返るが、幸い、彼は気づいていないようだった。児玉は続ける。

「かつてロボトミーという技術があったことを知ってるかね?前頭葉を脳から切り離すことで精神疾患を改善できると考えていた技術だ。もっとも、その結果は悲惨なものだったが・・・・・・エンディミオンファーマが提唱したのは更に挑戦的な行為だった。脳の前頭葉と運動野に小さなチップを埋め込む。」

「チップ?」

「人間の思考・言動は、絡み合った脳神経細胞を電気信号が伝うことで実現される。このチップは人間の脳細胞の活動を停止させ、勝手に電気信号を発するものだ。活動を停止した細胞はやがて思考を止め、チップの命令によってその人間は動くことになる。嘘のような話だが、そうして人格を書き換えられた存在・・・・・・それが村人達の正体だ。」

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