第15話 殺し損ねたもう一人
児玉の言う「チップ」なんてちっぽけなもので人間の身体を支配できてしまうなんて嘘みたいだ。私は現実感を忘れているようだった。
「チップが壊れたり、外れたりしたら、村人は元の人間に戻るってこと?」
だとしたら、今すぐにでも逃げなくてはならない。だが、それは児玉が首を横に振った。
「おそらく、チップを施す前に脳本来の電気信号をどこかでブロックする処理が施されているだろう。つまり、チップが外れた時点で彼らは身動き一つ取らないようになる。」
児玉は続ける。
「この村自体が決して人が立ち入らぬよう隔離された場所だ。私がかつてこの村にいた時はここまで不自然な地形ではなかった。実験場にこの村を選んだ時点でエンディミオンファーマが意図的に改修を行ったものだろう。一族の恥を社会的に消したい人間達と、被検体が欲しい巨大企業。思惑は違えど利害は一致しているからね。しかし、実験は必ず上手くいくわけではない。この村人達はある意味で成功例なんだ。失敗例はエンディミオンファーマの裏組織に回収され、秘密裏に処理される。」
「・・・・・・殺されるの?」
「あるいは、また実験台にされるのかもしれん。」
「人じゃないみたい。」
私が乾いた笑いを浮かべると、児玉も同意した。
「きっとそうだ。」
「児玉さんは、それでも村に居続けるの?」
「ある人間を探す。それが私の目的だからね。」
私はようやく最初の質問を思い出した。この村にいる人なんて・・・・・・。
「もしかして・・・・・・」
「息子達を殺した人間がいると思ったからだ。」
悪い予感は当たるものだ。
「それは誰?」
「正確にはまだ分からない。だが、目星はついている。」
「その人に会ってどうするの?復讐するの?」
児玉は黙った。
「私はこんな身体だ。復讐しようと襲い掛かっても返り討ちに合うだけだろう。」
「じゃあ会ってどうするのよ。」
「弱者の戦い方をするだけだ。」
児玉は呟いた。不敵に笑いながら。
弱者の戦い方とは何だ。私が思いついたのは2つ。一つは、直接的な争いをせずに奴らに罰を与えることだ。例えば、この村の存在を公にし、社会的な罪を与えること。しかし、この村の黒幕達は絶大な社会的影響力を持っている。仮にメディアや公権力を使おうとしても潰される可能性は非常に高い。
もう一つは、犯人に対し、自らの手で罰を与えること。しかし、児玉は身体が不自由だ。あの嵐の後は特に体調が優れない。駐在所から出ることすら出来ないほどだ。だが、彼は自信ありげに笑っている。
もし、そうであれば、一番考えられることは、彼には仲間がいるということだ。その仲間は村の外にいるのか、それとも既に村の中に入り込んでいるのか分からない。
いずれにしても、児玉の目的は、彼の息子夫婦を殺した人間に復讐することだ。
「犯人は目星がついてるって言ったわよね。」
「そうだ。」
「権田さん?」
真っ先に思ったのはトネリが最も苦手としている権田だ。彼がトネリの母親を覚えていたというのも怪しい。
しかし、児玉は首を横に振った。
「奴はおそらく犯人ではない。」
私には権田以外は想像できなかった。
「だが、奴は事件と大きな関わりがあった。奴を調べたことが大きな進展となった。」
「事件に関わった?犯人でもないのに?」
「奴は・・・・・・」
児玉は一瞬躊躇った様子を見せた。しかし、続けた。
「奴は、犯人の内の一人を殺害したんだ。それも残忍な方法でね。」
「犯人・・・・・・トネリの両親を殺した。」
「そうだ。その後、「処置」を受け、この村にやってきた。権田が殺した人間が、私の息子夫婦を殺した人間などとこの時は誰も思わなかった。奴は気が狂った凶悪な殺人犯。それが奴を知る全ての人間の見解だった。」
私は唖然とした。権田は何故そのようなことをしたのか。
「私は当時、警察でそれなりの地位にいた。日本中で起こる膨大な数の殺人事件に一つ一つ調べるような立場ではない。私が奴の存在を知ることになったのは権田が属する一族による「口利き」のためだった。」
この村にいる凶悪犯は、影響力の大きな一族に生まれたのだ。事件を明るみに出さないでほしい。「処置」を施すため、身柄を渡してほしい。そんな頼み事があったのだろう。
「依頼を受け、私は権田のことを公表しないことを決め、彼らに権田を返した。しかし、その過程で処理されるはずだった証拠品・・・・・・ほとんどが権田自身により処分されていたがね・・・・・・その中にあったのだ。私が喉から手が出るほど欲していたものが。それは「計画書」だ。彼は二人の人物を殺す計画を立てていた。そして権田の計画書にはその二人が犯人だと思わせる記述があった。そして、もう一人を殺し損ねたことも。」
「その「殺し損ねたもう一人」が、この村にいる。」
「おそらくね。」
「おそらく?はっきりと分かっているんじゃないの?名前が載っていたんでしょ。」
「確証がない。だから、この村に来たのは、彼に話を聞きにきたんだ。」
「でも、無理でしょう。」
権田の脳は既にチップとやらに支配されている。彼から処置以前の話を聞くのは不可能だろう。
「確かに難しいが、可能性はある。思ったとおりに事は進んでいる。」
そういった児玉の表情は普通ではなかった。至って普通のはずなのだが、著しく歪んで見えた。私は怖くなった。
「それに、私は知りたいのだ。何故彼が犯人を殺したのか・・・・・・。」
児玉の顔に一瞬、陰りが見えた。先ほどの恐ろしい表情とは違い、ひどく寂しそうな顔だった。
「おい、いつまで話してんだ?児玉さん、あんたも寝てないと治らねえぞ。」
玄関の方から駐在の大きな声が届いた。私はほっとした。
「失礼します。」
「また来てくれるかね?」
「あまり聞きたくない。もう関わりたくないです。」
正直に言うと、児玉は苦笑いした。
「この村から出るつもりかね?」
「はい。」
「あの子を連れてか。」
児玉にとってトネリは孫に当たる人間だ。当然、離れたくはないだろう。
「連れていきます。」
「もう少しだけ待ってくれ。」
「いつまで?」
「権田の記憶が戻るまでだ。」
「馬鹿な!記憶の処置を受けてるんでしょ?」
私は初めて怒気を孕んで児玉に叫んだ。
「そうだ。だが、チップを外せば奴は廃人だ。だから、チップを外さずに奴の記憶を戻す。」
「そんなこと・・・・・・。」
「可能だ。実際に権田にはその傾向が見えている。」
「いつになるか分からない。無理よ。」
「あんたにもう選択権はない。」
そんな言葉と共に後頭部に何かが当たった。振り返らなくても分かる。声の主は駐在。そして後頭部には重く、ひんやりとした感覚。
「悪いが、あんたに出て行ってもらっては困る。」
最近、銃には縁があるようだ。縁起が悪い。微動だに出来なかった。駐在は児玉の仲間だったのだ。
「この村で今までと同じように生活しろ。それが全てだ。事が終われば解放してやる。」
頷くしかなかった。選択権はない。駐在はそれを見て銃を収めた。
私はひどく後悔した。スミ婆さんの話を聞いた後、すぐにトネリを連れて逃げればよかったのだ。変に真実を知りたいと、トネリの事を知りたいと思ってしまったから、こんなことになってしまった。
「・・・・・・犯人は誰なの?」
私の問いに、児玉と駐在がアイコンタクトを取ったのが分かった。
「権田が殺したのは、俺の前任だ。」
ぞくりと身体が震えた。駐在の声が脳内に響く。足が震えた。
「越野玄一。」
スミ婆さんの息子。
児玉が続く。権田の計画書にあった「殺し損ねたもう一人」の名前。
「越野スミ。この村の外れにいる狂った女だ。」
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