北黒瀬村という楽園

佐藤要

第1話 逃避

 鮮やかな夕陽に照らされ、私はぼんやりとしていた。

「北黒瀬先」

 東京から無造作に在来線を乗り継いで5時間。気が付けば山奥の、しかも全く聞いた事のない駅のホームにいた。

 駅は昭和初期に建てられたような木造の無人駅で、私以外に人間の姿は見当たらない。周囲は巨大な木々に囲まれており、民家どころか道路すら整備されていないだろう。

 土色に汚れた駅のベンチに座り込んで30分くらい経つ。ようやく私は立ち上がり、唯一の荷物であるキャリーケースを転がして駅を出た。

 改札に置いてある切符回収箱には埃が溜まっていた。もし人が降りたとしても、こんな場所で律儀に切符を置いていかないだろう。

 駅を一歩出ると眼前には巨大な木々が広がっていた。隙間無く大木が敷き詰められ、見上げれば緑が空を覆い尽くす。道路や民家らしきものは全く見えず、人間が手を入れている感覚は感じられない。

 私は何も考えずにその森に入っていった。このまま待っていてもいつ電車が来るか分からないし、迷うために旅をしているわけではない。

 森を暫く歩いていると、徐々に外から見ていた風景と違う事に気づく。大木と大木の間に巨大な石が無造作に転がっており、更に足下は水気を帯びて段々ぬかるみが酷くなる。

 陽が落ちるに連れ、視界は益々悪くなる一方で、真っ直ぐ歩くことすら神経を要し、30分も歩かない内に足に多大な疲労感を覚えた。大した荷物も入っていない小さなキャリーケースすら酷く邪魔に感じる。


 更に歩くと木の数が不自然か程に少ない場所に出た。その先は完全な暗黒になっている。

 崖だ。屈みながら、恐る恐る下を覗き込むが全く底が見えない。こんな暗い森の中に突然深い崖が現れたら危険どころではない。このまま進むとあわや真っ逆さまだった。

 これ以上はとても前に進めなさそうだ。戻るか、別の道を探すか。私は身体を起こした。

 その瞬間、私がいた場所の崖が崩れた。ボコン、と音を立てて土が割れ、私は声を上げる間もなく真っ暗な崖の底に転がり落ちていった。あちこちをぶつけながら、私は死を覚悟した。何故崖が割れたのか。私が重かったからか。ダイエットしておけばよかった、とつまらないことを心から後悔した。

 たっぷり30秒も転がっていただろうか。私は崖の底まで行き着いたようだった。体中が泥まみれで身体のあちこちが擦り傷や打ち身やらで痛いが、幸いにして上手くお尻から落ちてくれたので、首の骨が折れたりはしなかったらしい。とりあえず生きていたことに安堵した。

 崖の上に目をやると、よく生きていたなと我ながら関心する程の急斜面で、とても登れそうにないことに気付く。まだ完全に死を免れてはいないようだった。他に道はない。前に進むことにした。

 相変わらず目の前は真っ暗だった。また落ちるのだけは嫌なので、這いつくばりながら進む。我ながらひどく滑稽な姿だと思ったが、服もジーンズも泥まみれで、どうせ誰も見ていないから何も気にすることはない。蛇でも現れたらたまったものではないが。

 目が暗闇に慣れてくると徐々に目の前にあるものが見えてくる。高さのある木々と大小まちまちの石。どちらも互いの隙間を埋めるように配置されており、視界を妨げてくる。

 私はようやく立ち上がり、木と石に摑まりながら恐る恐る歩を進めた。

 ふと今の自分の置かれた状況を鑑みて笑いが込み上げてきた。ローカル線で数時間揺られた末に訳のわからない山中で下りて、崖から滑り落ちて、木と石の中を彷徨っているのだ。自分でも何をしているのか全く分からなかった。

 そんな延々と続く木と石との戯れを一時間くらい続けて、流石に足取りも重くなってきた時だった。視界の遥か先に僅かだが光が見えた。

 崖から滑り落ちたのでまさか街に出るわけはないと思ったが、少なくともこのうんざりするような暗闇から抜け出せるかもしれないと思うと、身体の底から力が湧いてきた。

 でこぼこ石に足を取られながら歩を進める。光は徐々に大きくなってきた。

 そこで私は思わず声を上げそうになった。川が見えたのだ。

 咽喉は乾ききっている。それに髪の毛までべったりと泥が張り付き、身体中、汗と泥に塗れている。汚れだけでも綺麗に洗い流したかった。

 更に20分程歩き、ようやく川に辿り着いた。相変わらず木に囲まれているが、僅かに月光が差し込み、砂利が敷かれ、透き通った水が流れていた。

 何でもない只の小さな川だ。しかし、今の私にはどんな川よりも偉大な存在だった。ヒンドゥー教におけるガンジス川やキリスト教におけるヨルダン川のように。

川の水を手で掬って飲んだ。冷たくて清らかな水だった。顔を洗うと水の中に泥が浮かび、流れていった。

 私は少し躊躇いながらも来ている衣服を脱ぎ捨てた。

 履いていた下着や靴下も全て脱ぎ捨て裸になる。こんな場所で裸になるなど考えられなかったが、周囲には誰もいるはずもないし、何よりこんな状態で歩くことに耐えられなかった。

 冷たい水で身体の汚れを清めていく。髪の毛を少し擦ると、清らかな水が一瞬茶色に染まった。泥だらけの服も一緒に川で洗った。ジーンズは流石に洗うことは出来なかったが、Tシャツは洗ってよく絞った。

 ひとしきり川に浸かった後、下着だけ身に着けて裸のまま砂利の上で横になった。こんなところで裸で寝転がるなど少し前まで都会で慌ただしく過ごしていた自分には想像がつかなかった。

 零れ落ちる光をぼんやりと眺めていると、疲労感からすぐに眠気に誘われた。身体を起こす気はない。お腹すいた、急激に冷えて風邪を引いたらどうしよう、とかそんなことばかり頭に浮かんでは消えた。


 電車の音が聞こえた。少し時間を置いて、人混みと声。愛を語り合うカップルに喧嘩する夫婦。おしゃれをして、カフェでパンケーキを食べながら彼氏の自慢や友達の悪口を言い合う女の子達。勉強と就職の戦争に巻き込まれ、自我が埋没していく学生。

 その全てが自分だ。有体な悩みだなと思った。


 ぱしゃり、ぱしゃり。

 遠くで水の音がした。

 ぱしゃり、ぱしゃり。

 軽やかで不思議な音だった。

 泳いでいるのではなく、水遊びをするでもない。

 スケートで水の上を滑るような、そんな幻想的な音だった。


 ふと目を覚ました。

 その音は少し上流の方から聞こえていた。流石に夢の中のような鮮やかな音ではなかったが、どこか浮世離れして聞こえてくる。

 すっかり夜になり、身体は少し冷えていた。

 生乾きのTシャツを纏い、泥だらけのジーンズを手に持ったまま、音のする方向に無意識に歩き出していた。

 

 川を伝い木々の中を抜けていく。突然、視界が開けた。

 森の中でその場所だけすっぽりと空に囲まれたように星空が見えた。そして、その下に人影が見える。

 こんな場所に人がいるのか、と恐る恐る近づく。

 そこにいたのは一人の少女だった。先ほどまでの私と同じで一糸纏わぬ姿で身体を洗っている。

 私は思わず息を呑んだ。少女の姿があまりに現実感がなかったからだ。

 肩の辺りまで伸びた金髪で、肌は驚くほどに白い。手足はすらりと長く、髪を掻き上げると真っ白な背中が月光を跳ね返すほど煌めいていた。

 少女は外国人のようだった。そうでなければ天使か妖精の類か、いずれにしても人間離れした美しさだった。

 なんとなく少女の邪魔をしてはいけないような気がしたので、私はその場に暫く立ちすくんでいた。

 少女がこちらに顔を向けた。薄い青色の目に、長い金色の睫、薄い桃色の唇、筋の整った鼻に、紅色で艶のある頬。齢はまだ11~12歳くらいだろうか。しかし、驚く程少女の姿は艶めかしかった。精巧に作られたフランス人形なんて有体な表現だが正に言い得て妙だった。

「あなたは誰?」

 少女から細い声が発せられた。それが自分に向けられたものであることに気付く。そこでようやく私は気付いた。少女の姿をよく見ようと、無意識にのこのこと彼女の方に向かっていたらしい。なんとも間抜けな話だ。

「あの、山で、迷ったのよ。」

 すぐに言葉が思いつかず、頭に浮かんだ言葉を拙く発した。

「女の人。」

 少女はそう言いながら少し身体を震わせた。怯えているわけではなく、少し寒いようだった。私は少女を川沿いに促し、身体を拭くように指差した。

「あなたはこの辺りに住んでいるの?」

 少女の方に近づきながら問いかけた。少女は真っ白なタオルで身体を拭いていた。その足元には、少女の衣服と大きなクマのぬいぐるみが置かれている。

 私の問いかけに、少女はこくりと頷いた。青い目は淀みなく清み、白い肌は近づけば近づく程に美しさを増す。「タオルで身体を拭く」というひどく生活的な仕草ですら、彼女が行うとまた意味合いが違うようだった。

「この近くに村があるの?他に誰か住んでる?ホテルとか、泊めてくれるところはある?」

 人を見つけてほっとしたからか、私は早口に彼女に聞いた。

 彼女は下着を纏わず白いワンピースを着ただけで、小さなサンダルを履いた。そして両手でぬいぐるみを抱きかかえると私の方に寄ってきた。

「来て。」

 少女はそう言うと、私の手を取って歩き出した。柔らかく、体温の高い手の感触にどこか現実感の無さを感じる。

 少女は私の手を引きながら真っ暗な森の中を自分の家の庭のように進んでいく。よほど慣れているのか、時折躓く私を見ては少し驚いた顔をした。

「あなた、名前は何ていうの?」

 少し歩くのに疲れた私は少女に尋ねた。

「すまとねり。」

 少女は細く、舌足らずな口調で答えた。どうやら「須磨 トネリ」という名前らしい。

 見た目どおり、彼女は外国人の血を引いているようだった。

「あなたの名前は?」

 トネリが歩を止めて聞いてきた。

「はなだかすみ、よ。」

 トネリの真似をするように囁いた。


 私の名前は「花田 香澄」だ。

 私は、つい昨日まで都内の私立大学に通っていた。一人暮らしを始め、たまにサークル活動でテニス、週3で飲食店のアルバイト。金曜日は飲み会や外食して家でゆっくりしたり。土曜日はたまにフィットネスジムに通ってからカフェで過ごしたり、図書館で勉強したり。日曜日は部屋の掃除をして買い物に行き、料理をしたり、友達と遊んだりしていた。

 それなりに都会の女の子らしく生きてきて、それなりに成績も良く、それなりに容姿や人間関係にも恵まれてきた。

 だが、突然そんな生活が息苦しくなった。

 就職や進学を考え始めた頃、周囲には自分と同じ生き方をした人間達が山ほどいた。自分と同じで、将来もある程度保障されており、上手くやれば人並み以上の生活が出来そうな人間達。そこに溶け込むと私は私でなくなった。

 どれだけ個性を主張しても、どれだけ違いを作ろうとしても、根っこから社会に植え付けられてきた人間は、そこから幹を太くし、枝を伸ばし、葉をつけ、実を作るしかない。

 私も、ここの木々のように、森の中の一本の木でしかないのだ。

 そう考え出すと不安に押しつぶされそうになった。何かを変えてみようと、色々な事をやってみた。海外旅行、語学留学、ボランティア。いわゆるクラブに踊りに行ってみたり、アーティストや芸術家にも会う機会があった。農家や漁師、職人の元にも行ってみたし、そうと思えば、ネオン街のホストクラブやゲイバーにも行ってみた。

 男性経験もそれなりにしたし、自分を磨くことも怠ってはいなかったと思う。

 だが、日々を繋ぐことで迫り来る社会との融合への恐怖心は拭えなかった。自由でありそうな人々ですら、誰かの力で生き、誰かから対価を得て生きていた。

 そんな鬱屈した考えを抱いたまま日々を過ごしていく内に、私は唐突に全てを投げ出した。部屋も携帯電話も解約し、大学には休学の連絡を入れ、部屋を飛び出した。荷物はキャリーケース一つに詰めて、今はそしてそれすら失った。

 私はそれでも何かを見つけようとしているのか、自分でも分からなかった。


「かすみ。」

 トネリが呟いた。ゆっくりと、柔らかい口調だった

「そう、香澄。」

 トネリが私の顔を見上げた。可愛らしく首を傾げて不思議そうな顔をしている。

「香澄はどこに住んでいるの?」

「もっと都会よ。今は住んでいないけど。」

「とかい?」

 トネリはまた首を傾げた。その仕草がいちいち可愛らしくて思わず笑みが毀れる。トネリはそのまま不思議そうな顔をしていたが、やがて香澄の手を引き、再び歩き始めた。

 暫くトネリと手を繋ぎながら歩いていると、切り立った場所に集落が見えた。

 古びた古民家は、人が住んでいることを示すように明かりが灯り、彼らの生活を支える証拠にどの家の裏にも大きな畑があった。

 こんな崖の下に村があることに私は驚きを隠せなかった。見渡す限り民家がぽつぽつとあるくらいで旅館やホテルなどはとてもなさそうだった。そもそもお金など持っていないのだが。

 トネリはそんな私の表情を見て察したのか、繋いだ手を引っ張った。

「かすみ、お家はどこ?」

「ないわ。」

 私は困ったように繋いでいない右手を上げた。

「お家、ないの?」

 そうね、と頷くとトネリがまた首を傾げた。そんなまま二人で歩いていると、前に何人かの人影が見えた。

「おう、トネリ。誰だね、その美人さんは?」

 その内の一人である小柄な老人がトネリに声を掛けてきた。頭が前半分禿げ上がっており、残りは白髪を短く刈り上げている。齢は70歳くらいだろうか。皺くちゃの顔でにこっと人懐こい笑顔を見せるとスカスカになった歯が覗く。

「かすみ。」

 トネリがぽつりと答えた。小さな彼女の声は、彼らに聞こえていないようだったので、私は挨拶をした。

「花田香澄と言います。道に迷ってしまってここに来ました。」

 丁寧に頭を下げた私に、村人達が困ったように笑った。

 そこでようやく私は自分がTシャツ一枚しか着ていないことに気が付いた。下着は履いているがTシャツに隠れているだけで、扇情的な恰好であることに恥ずかしくなった。

「いや、美人ちゃんよ、悪いね。この村の人間はあまり女の人に免疫がなくてね。あんた見た所、泊まるところがないんだろう?おい、権田。」

 老人がそう言いながら、後ろで恥ずかしそうに私から目を逸らしていた青年を呼んだ。

 権田と呼ばれた青年は、背が高く、髪を刈り上げた、Tシャツがはちきれん程、がっちりとした体格で、顎髭を薄く整えている。精悍な顔立ちをしており、耳にはピアス跡がある。こんな辺鄙な場所にある村には少し不釣合いな、垢抜けた感じの青年だった。

「はい。」

 権田は歯切れの良い声で返事をした。トネリがそっと私の後ろに隠れた。繋いだ手に少し力が籠る。それを見て権田が少し落ち込んだように笑った。

「ははは、トネリは権田が苦手なんだ。おう、権田。お前も落ち込んでいねえで、この美人ちゃんを泊めてやりな。」

 老人が茶化すように権田に言った。権田が赤くなって顔を引き攣らせる。それもそうだ。下着しか纏っていない年頃の女性を泊めるなどあまりに不謹慎だし、私も当然嫌だった。

「何赤くなってんだ、馬鹿。橋じいの冗談に決まってるだろ。」

「はあ、やめてくださいよ。」

 後ろにいた小太りの男性が言うと、権田は汗を拭う仕草を見せた。「橋じい」と呼ばれた老人は口を大きく開いて笑った。

 そんな笑い声の中でもトネリは相変わらず私の後ろから顔を見せようとしない。

「すまんね、美人ちゃん。実は権田の家の隣が空家なんだ。あんた、良かったら今夜はそこに泊まるといい。布団とか服とかは権田に持っていかせるからよ。つーか、そこしか空いてねえんだ。な?」

 橋じいは、にこやかに私に笑いかけた。悪気のない笑顔に思わず釣られそうになる。

「よし、決まりだ。権田!案内してやれ。」

 橋じいが促すと、権田は恐る恐る私についてくるよう促した。私は手を繋いだままトネリの方を向いた。

「トネリ。ありが・・・」

 しかし、私が感謝の言葉を言う前にトネリはその手を離して駈け出して行ってしまった。大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえたその姿からは表情は読み取れなかった。村人達が呼ぶのも聞かず、あっと言う間に暗闇の中に消えて行った。

「すまねえな、美人ちゃん。いや、香澄ちゃん。トネリは少し変わっててな。親もいねえし、一人で川沿いの掘立小屋に住んでるんだ。もし良かったら明日案内してやるよ。」

 呆然とする私に、橋じいが少し申し訳なさそうに言った。

 私はトネリの姿を目で追っていたが、既にこの場から彼女の気配は消えていた。


 権田に案内された家は、少し埃っぽいが十分な広さだった。座敷の部屋が二つと、台所、洋式トイレ、風呂、それにリビングのようなフローリングの部屋まであった。

「これ、布団です。それにサイズは合わないと思うけど、シャツとパジャマもあります。それとこれ、おにぎりと煮物と麦茶です。下に履く物は、明日、乾物屋に行って買ってきます。」

 権田はやや早口に言いながら、布団を置いて足早に出ていこうとした。

「ありがとうございます。権田さん。おじいさんと他の方々にもよろしく言ってください。」

 ぺこりと頭を下げた私に、権田は照れたように手を横に振った。

「いや、困った時はお互い様ですから。何かあったら言ってください。」

 そう言うと、権田は深々と頭を下げて出て行った。その姿に少し微笑ましさを感じながら、私はおにぎりを口に運んだ。朝食に食パンを1枚食べたきり何も食べていなかった私の咽喉に塩気を帯びた米が吸い込まれていく。程よく冷えた麦茶をがぶ飲みし、じゃがいもと人参とエンドウの煮物を食べる。出汁の味が良く染み込んでおり、たまらなく美味しく感じた。食べ終えると、簡単に口をゆすぎ、すぐさま布団に飛び込んだ。暖かい布団に埋もれると、安心感と疲労感から、あっという間に眠気が襲ってくる。

 今朝までは都会のど真ん中にいたのだ。8畳一間、家賃7万5千円のワンルーム。いつもなら地下鉄で2駅行ったカフェで友達と喋っていたはずだった。それがこんな崖下にある田舎の空家で床についているのだから、我ながらおかしな事をしているものだと笑った。

 救われたと思ったが、それにしても山の崖下でどうやって人々が生活をしているのだろうか。どこか現実感ない場所にいるような気がしていた。

 ふとトネリの事を思った。美しく、艶やかな白い肌。自分を見つめる時の首を傾げる仕草、青い瞳。薄い紅色の唇。どこか蠱惑的で、果実のような甘さと危うさを感じさせた。

 あの子は何者なのだろうか。

 こんな辺境に不釣合いな、あんなに美しい娘がいるのだろうか。

 私はそんな事を考えながら眠りについた。

 私自身が何をしたいのか、何をしているのか全く考える事も出来なかったが、少なくとも寝るには都会の喧騒より物音一つしないこの村の静寂の方が心地よい。

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