六日目
「思ったより変化がないね。みんなそろそろ飽きてきたんじゃないか」
夢のなかで、そんな言葉が聞こえていた。誰かが自分を見ているような気がする。必死に体をくねらせるが、体が蝋で固められたように動かない。部屋のなかを歩きまわる音がする。カメラのシャッター音が聞こえる。誰かそこにいるのか。いったい何をしているんだ。俺はどうなってしまうんだ。
目が覚めたとき、彼は暗闇のなかにいた。デジタル時計だけが光を発している。10月28日、13時24分。夜ではないことは確かだ。照明が切れたのだろうか。それともこれも、何かの実験なのだろうか。
実験。それが、彼が6日目にしてたどり着いた答えだった。ここは隔離病棟なのかもしれないが、真っ当な治療が行われているとはとても思えない。何か特殊な病気にかかった自分を、医者か研究者が観察しているのだろう。薬を投与して、それがもたらす変化を記録しているのだろう。
彼は起き上がることをやめた。暗闇のなかで息をひそめていた。今この瞬間も、誰かが見ているのだろう。やつらがしびれを切らして近づいてくるまで、自分はさなぎのようにじっとしていればいいのだ。
しかし、それも長くは続かなかった。上から何か砂粒のようなものが落ちてきた次の瞬間、ベッドが激しく軋み、彼を揺らしたのだ。反射的に身を起こす。昨日はあんなに体が重かったのが嘘のようだった。異変を前にして、頭のなかにかかっていた靄もどこかへ消え去ったようだった。
揺れはまだ収まらない。ベッドが揺れているのではなく、この部屋そのものが揺れているのだ。振動に合わせて、消えていたはずの照明が明滅を繰り返した。
気がつけば、彼はベッドから転げ落ちて床上で喘いでいた。呼吸がうまくできない。必死に息を吸おうとすればするほど、のどがふさがっていく。汗が止まらない。心臓が激しく鳴っている。いつの間にか部屋の電気がついており、白日にさらされた彼の姿は死の寸前の芋虫のようだった。
遠くから、いくつかの足音が近づいてくる。
「だめだ、まだ開けるな」
夢のなかで聞いたのとは違う声が、扉の向こうから聞こえてくる。
溢れ出した粘液に顔中を覆われながら、彼はなんとか扉のほうを見ようとのたうちまわっていた。瞬きするたびに、目にうつる部屋の様子がめまぐるしく変化する。過去と現在とが交錯する。俺は誰かの手を握りしめている。銃口を突きつけられている。薄暗い廊下だ。蛍光灯が不規則に点滅している。
そうして彼の目にうつったのは、地震によって舞い上がった埃が渦を巻いて下降するところだった。あきらかに異質な空気が、部屋を満たそうとしていた。
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