二日目
時計を見ると、あれから16時間が過ぎていた。十分すぎるほど睡眠をとったせいか頭痛も治まっていた。相変わらず体中は汗で湿っているが、それ以外には取り立てて、体に違和感を覚えることはない。とりあえず、余計な体力は使わないことにしよう。とにかく、記憶を取り戻すことが先決だ。なぜ自分はここにいるのか、どうやってここに運び込まれたのか。ここはどこなのか、ほかに誰かいないのか。
フラッシュバックのように記憶がよみがえることを期待したが、発見は何もなかった。記憶を呼び覚ますきっかけがあればいいのだが、簡素なこの部屋でそれは期待できない。無意識のうちに顔の輪郭を手でなぞり、枕やシーツや壁や、周囲のあらゆるものに彼は触れてみた。時折顔を近づけて匂いをかいだり、昨日と同じように壁に耳を当てて物音がしないか確かめた。手首の脈を測ってみたり、扉の隙間から外を覗こうとしたり、思いつく限りの行動をとってみた。しかし何一つ収穫はなく、ため息だけが部屋に残された。
やがて彼は、自分の体に何か異変が起きていることに気づいた。
汗だ。
膜のように体を覆う汗は、いつの間にか微かに粘性を帯び、体にまとわりついていた。半透明のそれは膿のようでもあった。合わせた手の平を離すと、短く糸を引く。俺はどうなってしまったんだ? 急に悪寒を感じ、彼は布団にくるまった。
彼にとって、今の状況は闇の中に放り出されたも同然だった。何も知らない、何も分からない、これほどの恐怖があるだろうか。自分はきっと病気なんだろう。ここが隔離病棟なのだとしたら、すべて説明がつくではないか。待っていれば、やがて医者がやってくるはずだ。
しかし体中が粘液に覆われるなんて、そんな病気は聞いたこともない。絶望的な気持ちで、うつぶせになって枕に顔を埋めようとして、彼は思わず「ひっ」と声をもらした。
髪の毛がごっそり抜け落ちていた。長さ10センチほどの髪の毛が、枕カバーに粘液によって貼り付けられていた。慌てて自分の頭に手をやる。髪の毛も腕や足と同じように濡れそぼっており、触っただけではどの程度量が減っているのか分からない。いや、そもそも自分がどんな髪型をしていたのか、それさえも思い出せなかった。もともと抜け毛が激しい体質だったのかもしれないではないか。そう自分を納得させようとしたが、目の前の枕に貼り付いた髪の毛は、掃除を怠って異物が詰まった排水溝を連想させ、思わず吐き気をもよおした。
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