クロス・ブリード

長岡清十

一日目

 体が重い。熱があるのだろうか、頭がぼうっとする。それよりも、ここは一体どこなんだろうか。ずいぶん長い夢を見ていたような気がするが、具体的にどんな夢だったのかは思い出せない。

 ベッドから体を起こすと、慎重に周囲に目をやった。病院の個室だろうか、6畳ほどの狭い室内には粗末なベッドが置かれているだけで、四方をコンクリート剥き出しの壁に囲まれている。病室にしてはあまりにも簡素なつくりで、どちらかといえば牢獄を思わせる。鉄製のドアは冷たく鈍い光沢を放っており、押しても引いてもびくともしない。しばらく狭い室内を歩き回り、自分が何かとんでもない状況にあることを理解すると、彼は長い溜息をついた。

 牢獄だって、この部屋よりはましなんじゃないか? 彼はふとそう思った。窓一つない密閉された空間には行き場のない湿った空気が澱み、物音ひとつしない。一見きれいに清掃されているように見えるが、ベッドと壁の隙間に目をやると埃が積もっており、この部屋が長い間放置されていたことがうかがえる。再びベッドに横になろうとして、彼は自分の目を疑った。

 

 シーツがぐっしょり濡れている。影のような人型の染みを見て、彼は身震いした。そういえば今まで気付かなかったが、体中が汗で湿っている。額からも脇からも手のひらからも、尋常ではないほどの汗が出ている。病気なのか? ベッドに腰掛け、組んだ両手に額を乗せ、必死に記憶をたぐりよせる。

「どうなってるんだ……」

 声にならない言葉が唇の隙間からもれる。記憶がすっぽり抜け落ちており、何も思い出せない。自分が何者なのかすらも分からなかった。あきらめて首を上に向けて、その天井の高さに目を見張った。

 部屋の狭さとは対照的に、天井は驚くほど高かった。窓はどこにも見当たらず、完全に壁に囲まれていることが分かった。手を伸ばしても届かない位置に蛍光灯がはめこまれており、それが唯一、この部屋で光を発していた。また、扉の1メートルほど上には壁掛け時計がはめ込まれており、それが唯一、現実世界との接点のように思われた。時計はデジタルで、20時半を示していた。日付は10月23日。秋の夜だということだけがようやくわかった。

 ここは地下なのだろうか。窓がないことを考えると、その可能性は高い。耳を澄ませても、壁に耳を当ててみても物音ひとつ聞こえず、地下室特有の重く湿った空気は彼の推測を一層確かなものにした。

「誰かいないのか?」

 大声を張り上げて助けを求めてみたが、声は頼りなく部屋の中で反響するばかりだった。そのことが、天井の高さを物語っていた。まるで井戸の底のようだと彼は思った。

 このまま助けを呼び続けるか、それとも扉に体当たりして外に出られるか試そうか、彼はあれこれ考えてみたが、結局おとなしくベッドに寝転ぶことにした。記憶を失い、状況もわからないにも関わらず、理性が邪魔をした。もしもここが病院で、医者や患者が大勢集まってきてしまったら……。そう考えると、とりあえずはしばらくじっとしているのが賢明のように思えた。考えても仕方がない。目を閉じると、脳みそを後ろから引っ張るように、睡魔が彼を襲った。体中を覆う汗も、ベッドに残る湿気も、今となってはさほど気にはならなかった。

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