サウンドシステム

Botan

第1話

指先でアラームを止める

毎日起きる時間は同じなのに

今朝は薄暗く感じる

日の出が遅くなってきたのか

そういえば肌寒い

素足に触れる床が冷たい

ベッドから降りて洗面所へ向かい

冷たい水で顔を洗う

頭にはまだ昨晩の夢の余韻が残っているようで

ぼんやりと浮かぶ景色

「……なんだっけ」

思い出そうとした途端、

ふわっと消えてしまった


いつもの服に着替えて

テレビのスイッチを入れる

鮮やかな色の画面から、やたら元気な声が聞こえてくる

テーマパークで期間限定のイベント

パステルカラーのスイーツ

今期のマストアイテム

そんなのどうでもいいから、天気予報見せてよ

鏡に向かい髪をとかして、ファンデーションを手に取る

化粧は苦手だ

本当はあまりやりたくないが、化粧をするのは社会人のマナーらしい

入社したての頃、学生時代の友達に百貨店の化粧品コーナーに連れて行かれた

あの独特な匂いの中、色とりどりの口紅やアイシャドウにクラクラした

友達に促され座らされたカウンターで美容部員のお姉さんに顔中にやたらと色んなものを塗りたくられ、息が詰まりそうだった

鏡を見て吹き出した私に、周りの人たちは変な顔してたっけ

青い瞼にピンクのほっぺた、ツヤッツヤの唇にされた自分が

まるでピエロにしか見えなかった

あれ以来、ほとんど化粧はしてない

薄くファンデーションを塗って、淡い色の口紅をひく

いつもと同じ手順で身支度を済ませ

時計代わりに見ていたテレビのスイッチを切る

ため息をひとつついて、玄関を出た


イヤフォンを耳にあてて、プレイリストから

いつもの曲を選ぶ

早朝の空気は街を白く包んでいて、

フィルターがかかっているように見える

まだ人も疎らな通りを抜けて

駅の改札をくぐると

ホームには電車を待つ人の列

三両目の一番前が私の場所

電車が滑り込んで来て、

ドアが開くと同時になだれ込む乗客たち

波に飲まれるように乗り込むと、

手すりに掴まって窓の外に目を遣る

動き出す電車と窓の外の景色

スマホを見てるサラリーマン

自転車で並走してる高校生

変わりかけの信号で無理矢理右折していく車

小さな車窓から見える風景は飽きもせず毎日同じ

イヤフォンから聞こえてくる音楽は

日常の雑踏を消して私を隔離してくれるシェルターのようだ

……隔離?

……私は何から守られたいというのか?

唐突にわいて出た疑問に戸惑った時、

車内のアナウンス表示が会社の最寄り駅だということに気が付いた


会社の向かいのカフェでカフェラテを買って

店の奥のカウンターに座り煙草に火をつける

ここであと1曲聞いて出勤する

私はこのカフェラテと煙草と3分40秒がないと

スイッチが入らない

曲が終わると煙草の火を消して、席を立った



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