第27話

それから僕は毎朝彼女と会話出来るようになった

今までは姿を見つけてから近寄っていたのだが、彼女のいる前方の扉から乗車するようになった

彼女の方も、僕を見つけるとイヤフォンを外してくれるようになった

そして扉が開くと笑顔でおはようございます、と挨拶をしてくれる

僕たちが一緒に乗っていられるのは、彼女が降りる駅までのたった数駅の間で

大した話など出来る間もないので、今日の天気の話だとか、今朝見た占いがどうだったとか

昨日食べたお菓子が美味しかったとか、そんな、比較的どうでもいいような話をしていた

他の人からすれば全く面白味もない会話なのだろうが、僕はとても楽しかった


そんなある朝、彼女が言った

「いつも……私の話、退屈じゃないですか?」

「そんなこと、全然ないよ?僕は毎朝楽しいですよ」

僕がそう答えると

「あの……」

彼女は少し躊躇ったあと、こう続けた

「私、明日休みなんです

もし明日お暇なら、電車じゃなくて、違う場所でお話しませんか…?」

「はい……えっ?」

全く予想もしていなかった言葉に驚いて彼女の顔を見た

「やっぱり、ご迷惑ですよね」

気まずそうに彼女は目線を泳がせる

「全然迷惑じゃないです!」

思わず周りの乗客が振り返るほどの声で目いっぱい否定して

彼女が驚いた顔で僕を見上げる

「全然迷惑じゃないですよ」

もう一度、今度は落ち着いて、静かな声で彼女に言った

すると彼女は微笑んで

「良かった

じゃあ明日、いつもあなたが乗って来る駅に、行きます

時間……どうしよう 10時でいいですか?」

と言った

「はい 改札の前で待ってます」

僕はそう返した

「はい じゃあ、また明日」

そう言って彼女は降りて行った

扉越しに彼女を見送る

夢でも見てんのかな

彼女から誘ってくれた

今すぐ叫びたいくらい嬉しい

いやいや電車の中だ我慢しろ

ん?明日休みだっけ?事務所着いたらシフト確認しないと

今日の仕事、絶対手につかない

あまりの嬉しさで息が詰まりそうだ

頭がクラクラしてる

身体がフワフワする

浮かれてるのが自分でもよくわかる

とりあえず、ミスだけしないように

自分に言い聞かせて仕事へ向かう

事務所のドアを開ける前に、大きく深呼吸した

よし、と心の中で呟いてドアのノブに手をかける

「おはようございます!」

大きな声で挨拶して、頭を仕事に切り替える

意識しないと出来ない

先輩や上司のような社会人歴の長い人たちは、もっと上手く自然に切り替えられるのかな

僕もいつか出来るようになるだろうか

自分はまだまだだな

経験の浅さと自分の未熟さに気付く

思えば社会に出てから自分のことを見つめ直すようになった

気付かされることが多い

至らなさを思い知る

鼻っ柱を折られる

でも、それで目が覚める

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