第21話

ゆっくりとした動作で、彼女は水を口に含んでくれた

良かった 飲んでくれた

「水分は、しっかり取っといた方がいいですよ」

と、僕が言うと

「……ありがとうございます」

彼女がまた応えてくれた

「今日はちょっと顔色悪いかなーって思ってたんですよ」

嬉しくなって、僕は更に続けた

すると

「あの……、どこかでお会いしましたっけ?」

彼女が申し訳なさそうに聞く

……そりゃそうだ

しまった

これじゃ毎日見てますって言ってるようなもんじゃないか

「僕も毎日あの車両乗ってるんです」

……また全然理由にならない言い訳

他に何かないのか もっとまともなこと言えよ

おかしなことしか言っていない僕に、

「あ……そうだったんですか…全然気付かなかった ごめんなさい」

彼女はそう言った

……何も謝るところじゃないと思うが、何故か理由として通ったみたいだな

「いえ、大丈夫です

あの時間ですからね、だいたい毎日同じ人が乗ってるんですよ

で、みんな同じ場所に座るでしょ?

だから、なんとなく覚えてただけです」

もっともらしく続けてみた


すると……彼女は今度は黙り込んでしまった

何だ

何がいけなかった?

何かマズイこと言ったかな

これはフォローしとかなくてはマズイか

「あの、貴方だけ特別意識して見てたとか、

そんな変な感じじゃないんで、ほんとに」

偶然なんだということを強調してみる

すると彼女は

「違う、違います

私、車内なんか気にした事なかったんで、あの……」

と、困ったように言い、

「窓の外しか見てなかったんです

ただそれだけで、別に変な感じとか思ってませんから」

そう言った

体調の悪さのせいか、少し熱っぽく潤んだ目で

必死に言葉を探しているようだった

僕のために言葉を選んでくれているのか?

勘違いかもしれないが、そう思ったら嬉しかった

必死な様子がかわいいと思った

「あの、時間、大丈夫ですか?」

彼女が僕に尋ねる

時計の針はもうすぐ9時を指そうとしていた

しまった これは完全に遅刻だ

……仕方ない うん

「あー、はい、大丈夫です、多分」

ハハッと笑って

「次の電車で行きます……もう大丈夫ですよね?」

と言うと

「大丈夫です だいぶ落ち着きました」

彼女は少しだけ笑顔を作りそう答えてくれた

僕はほっとして

「無理しちゃダメですよ」

と言い、電車に乗った

遅刻の言い訳、何て言おうか

でも今はそんなことはどうでもいいくらい、僕は舞い上がっていた

仕事には遅刻して、店長には叱られたけど

遅刻の理由で急病人を助けて途中下車した、と言ったら

先輩には「お前らしいな」と言われた



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