第20話

交代の時間

久しぶりの早番も無事にこなせた

作業を終え事務所に戻る

着替えてロッカーを閉める

今日もおしまい

ほっとしてため息をひとつついた

「お疲れ様 久しぶりの早起きで疲れたんじゃないか?」

後ろから声をかけてきたのは店長だ

「いえ、大丈夫ですよ」

「そうか それなら良かった」

店長は書類を片手にパソコンに向かって座り作業を始める

僕はお疲れ様でした、と挨拶をして事務所を出た

僕は今研修中で、他のバイトの子たちと同じような仕事をしているけど

研修が終わって正式に店舗に配属になったりするのだろうか

希望していたところに配属になるとは限らない

いつか僕も店長のような仕事をするのだろうか

……大変そうだな

自分が今からどこに流されて行くのか、

ぼんやり考えながら帰路についた


次の朝

目覚ましのアラームに起こされてベッドから降りる

床が冷たい

だんだんと寒くなるな

薄暗い部屋で身支度をして家を出る

自転車で風を切ると指先が冷たい

もう少し夏でも良かったかな

いやいや あんな暑いのは嫌だ

それなら少しくらい寒い方がマシか

変わっていく季節を感じながら

駅に着いて改札をくぐり、いつもの3両目へ

ホームに並んでいると、電車が到着した

扉が開き車内へ入ると彼女の姿を確認する

今日も乗ってる

もはやルーティンと化している僕の行動だが

今日は何か違和感を感じた

……何だろう

少し考えたが、すぐにわかった

彼女の様子がおかしい

いつもより電車の揺れに引きずられ、ふらついている

手摺りを持つ手が震えているように見えた

大丈夫かな

気分悪そうだな

声かけてみるか……?

心配になって人の合間を縫って彼女に近付いた時

ガクンと彼女の身体が沈んだ

考えるより先に身体が動いた

崩れ落ちる前に彼女を支え

「次で降りましょう」

と声をかけた

耳にはイヤフォン

顔はいつもに増して白い

僕の声が聞こえているのかどうかわからなかったが

そんなこと構わないと思った

次の駅に着き扉が開くと

僕は彼女を抱えるように支えながらホームへ降りた

ベンチを探してゆっくりと彼女を座らせる

「大丈夫ですか?」

僕の声は聞こえてるかな

苦しそうな荒い息をしている

救急車でも呼んだ方がいいのか、そう考えていた時

「……大丈夫です」

彼女が返事をした

当たり前のごく普通のやりとりのはずなのに、驚いた

……彼女が、返事をした

ただそれだけなのに嬉しさと驚きで動揺した

何か言わなきゃ

「大丈夫じゃなさそうですよ」

頭の中で必死に言葉を探した

「もし薬とかお持ちなら、飲んだ方がいいんじゃないですか?」

いや、そうじゃないだろ

変なこと言ってる

病院行ったほうがいいとか、必要なら救急車呼ぶとか

そういうの聞くんじゃねーの

何言ってんだ僕は

「水買って来ますから、そのまま待ってて下さいね」

動揺を悟られないように自販機へと逃げた

水を買いながら、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた

振り返ると、彼女はまだ座っている

……良かった まだ居てくれてる

水を持って彼女の元へ戻った

「どうぞ 飲めますか?」

彼女正面にしゃがんで、水の入ったペットボトルを差し出した

彼女は不思議そうな顔で僕を見ている

当然か

彼女からしたら僕は初対面の知らない奴だ

そういえば、初めてこんな近くで彼女の顔を見た

彼女の目が、僕を見ている

睫毛長いな

その瞳吸い込まれそうだな

かわいいな


あ、いや違う

今はそんなこと考えてる場合じゃない

「フタ、開けますね」

ペットボトルを彼女に握らせ、僕はフタを開けた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る