第7話

小一時間ほどホームのベンチに座ったまま、

空を見ていた

流れる雲の隙間からのぞく太陽が、

高くなってきたのに気付いた

とりあえず病院行かなきゃ

薬貰って、点滴でも打って貰えば明日には回復するだろう

ゆっくりと立ち上がり、反対側のホームへ向かう

少しふらつくけど、なんとか歩ける

電車に乗り直し元の駅に戻ると、そのまま病院へ向かった


自分が住んでいる街なのに、この時間はほとんど出歩いた事がない

早朝とは違って建物の輪郭がくっきりしていて

道行く人もゆったりしているように見える

イヤフォンを外したまま歩くのは久しぶりだ

横断歩道の信号の音

街路樹の葉が揺れる音

喫茶店のドアベルの音

近所の小学校のチャイムの音

今まで通り過ぎていた音がそこにはあった

なんだか新鮮な気持ちがした


病院について診察してもらうと、やはり風邪だと言われた

疲労も溜まってると言われた

休みなさい、と言われた

年配の看護師さんが診察室の奥に案内してくれて

「若いのにずいぶん疲れてるのねー」

だとか

「お仕事大変なのー?」

だとかやたら話かけてきた

はあ、はい、などと曖昧な返事だけ返した

慣れた手つきで点滴を打ってくれて、

「終わったら声かけてあげるから、それまで寝てていいからね」

と言ってカーテンを閉めた


目を瞑ってさっきまでの事を思い返していた

……世の中にはいい人もいるんだな

助けて貰わなかったらあのまま倒れていただろう

救急車とか呼ばれて、駅員さんとかに迷惑かけてたのかな

たまに聞く「急病人発生のため電車が遅れています」

ってヤツになってたのだろうか

絶対に嫌だ

他人に迷惑をかける存在になるなんて

想像しただけで吐き気がする

普段、必要最低限の人としか関わって来なかったのに

いきなり顔も名前も知らない何十人何百人何千人相手の加害者になるのか

考えられないな

私が人と関わらないようにしてるのは何の為よ?

人に迷惑かけるのも嫌だし、かけられるのも嫌だからだ

接点がなければその可能性は無くなる

私ひとりが生きていく程度なら

余計な人間同士の関わりなど必要ない

必要ない筈なのだ

ーでは今日の、先ほどの事はどう説明する?

思わぬ形で触れた他人の善意

……善意?

そう 善意だ

彼が私に示してきたのは善意という接触


人との接触を絶ってきた私は、

素直に受け止めていいものなのかわからなくなった

触れた事のないものに触れて、浮き足立っていたのではないか

急に不安になった


受け入れるということは勇気の要ること

相手を認めて、自分の意識に共存させる

今まで自分の世界を守る事だけで精一杯だったではないか

その上他人を理解するキャパシティが

はたして私に残っているだろうか?

許容量を超えて抱えてしまったら

溢れて壊れてしまうのではないか

拒絶することで自らを保ってきた

否定も肯定もするのは私自身だけ

なんて臆病なんだ


怖い


影のように付いてくる感情が

シャットアウトしろと囁く

見たくないものは見なければいい

聞きたくないものは聞かなければいい

守りたいのなら、切れ


でも、それも限界なのも気付いてるんでしょ?

もうひとつの感情も囁く

パンドラの箱の中にも、ひとつだけ希望が残ってた

それを無視してしまったらここで終わり


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