第8話

「はい、点滴終わりー 受け付けで薬貰って帰って下さいねー」

先程の看護師さんが手際良く点滴の針を抜く

ありがとうございました、とお礼を言って

言われた通りに薬を受け取って病院を出た


点滴のおかげか、ずいぶん楽になった

でもまだ目の中は熱いから、熱は引いてないな

―何したらいいんだろう?

突然の休暇に、何をしたらいいのかわからなくて戸惑う

病欠なんだし、身体休めて体調戻すのが最優先か

家に帰るか

太陽はずいぶん高くまで上っていて、

もうお昼なんだと思った

そういえば家に帰っても食べるもの何もないや

何か買って帰ろう


見慣れた街の見慣れない景色の中をふわふわと歩く

こんなとこに定食屋さんあったんだ

ここパン屋さんだったのか イートインスペースがあるんだ

これ何の店?雑貨かな?

さんざん迷った挙句、いつも立ち寄るコンビニに寄った

レトルトのお粥とスポーツドリンクを持ってレジに並ぶ

待ってる間にスイーツコーナーに目が止まり

プリンをひとつ手に取った

会計を済ませ、コンビニを出る

明るい時間にこの道を歩くのは違和感しかない

心地の悪さを体調のせいにして家路を急いだ


薄暗い部屋に戻る

自分の場所に帰ってきた

それだけで落ち着いた

食欲はない

貰った薬だけ胃に流し込んでベッドに潜った

熱と疲れと混乱で目の前がぐるぐると回る

意識はどろどろと溶けてすぐに夢の中へ落ちた




ー解けた靴紐

ー歩きにくいな

踏み出した地面がぐにゃりと歪む



強烈な頭痛と喉の渇きで目が覚めた


すごい汗

夢の中に あの人は出てきてくれなかった

ピアノの音は止みましたか?


冷蔵庫から買ってきたスポーツドリンクを取り出し

ひとくち飲んだ

日は傾き、夕焼けの空の向こうで烏が鳴いていた

不思議な一日だった

知らない人と会話をして

イヤフォンを外して歩いて

街の音を聞いている


私じゃないみたい


プリンをひと匙ふた匙口に運んで、

食べきれなくて机に置いた

もう一度薬を飲んで、またベッドに潜った

頭の中でぐるぐる考えていた

夢の中の人のこと

自分じゃないみたいな自分のこと

電車で会った、あの人のこと

考えても考えても答えなんか出なかった

次の日も熱は下がらなくて、2日続けて仕事を休んだ

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