第9話

外に出る気になれなくて一日中部屋の中にいた

何をするわけでもなくただぼーっとしていた

カーテンの隙間から差す陽の光が

段々と色を変え影の長さを変えて

時が経過していくのを知らせていた

仕事を休んで2日目の夜、考えるのを止めた

いくら考えたところで答えなんか見つかる筈はないのだ

答えは私の中にはないのだから

私以外の人の頭の中のことなど、見えるわけがない

夢の中のあの人も

電車のあの人も、そう

こんな簡単なことに気付くのに、どれだけ遠回りをしているのか

自分を守る筈の「シャットアウト」が思わぬところで脆さを見せた

とりあえず、これ以上悩むのは無駄だ

熱は下がった

明日、私の世界にない答えを見つけに行こう







アラームが鳴り響く

この時間に起きるようになって、もう半年か

早起きは苦手だ

全然慣れない

あと5分だけならいいじゃねーか

頭の中で声がするけど聞くわけにはいかない

半ば無理矢理身体を起こし、ベッドから出る

顔を洗って、服を着替える

ぼーっとする頭で菓子パンを口に運びながら、

一昨日のことを思い出す

彼女はあれからどうしただろう…?

昨日は電車に乗って来なかった

まだ体調が悪いのか

それとも乗る電車か車両を変えられたか?

いや、悪い印象は持たなかった筈だ

だって別れ際、確かに彼女は笑ってた

やっと見れた 彼女の笑顔


テレビが天気予報を映し出した

もうこんな時間かよ

残りのパンをコーヒーで流し込んで

急いで歯を磨き鞄を掴んで部屋を出る

駅まで自転車を飛ばして、ギリギリ間に合った

3両目まで走って電車に飛び乗る

彼女はどこだ?





それはまだ春の始め頃だった

桜が咲いて、川沿いの道が一気に華やかになる

それまでなんだか暗く寂しかった景色に

暖かな色が舞い降りて

陽の光も柔らかく

道行く人の気分も柔らかく解いていく

頬に触れる風はまだ時折冷たかったけど

この春スタートを切った僕には

全てが新しく見えて、全てが新鮮に感じられた


前日に散々調べた電車の時刻表

それより2本は余裕を持って乗れる時間に駅に着いた

ホームには真新しいスーツを着た人が何人かいる

あの人たちも新入社員かな

全く知らない人たちだけど、緊張した面持ちや新品の鞄を持つ姿に

まるで同志のような気持ちを抱いた

列に並ぶと、ホームに電車が到着した

ちょっと早いけど乗るか

扉が開き車内へ人がなだれ込む

その後に続いて電車に乗った


こんな早い時間なのに結構乗ってんだな

身体の向きも変えにくいほどのラッシュ

これから毎日こんなのに乗るのか

既に疲れた顔のサラリーマン

鞄を抱えて座席で寝てる人もいる

あの学生は部活の朝練にでも行くのかな

そんな中に彼女はいた

前の方のドアの前の手摺りに掴まって

電車の揺れに身体を任せながら

人形のように立っていた

窓から差し込む朝日が白い肌を照らして

眩しく輝いて見えた

眼差しは真っ直ぐ外の景色に注がれていて

時折ゆっくりとまばたきをしている以外は

少しも動く気配もない

それが余計に彼女を人形のように見せていた

彼女の周りだけ時が止まったように

静かな気配を纏っていた

僕は目を奪われた

何駅か通り過ぎたあと、オフィス街の駅で彼女は降りて行った

この駅は他の路線への乗り換え駅でもある

車内のほとんどがこの駅で降りて行った

いきなりガランとした車内で

僕はあの人が降りた扉を見ていた

間もなく扉は閉まり、電車は動き出す

次の駅で僕は降りた


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