第6話

手にペットボトルを握ったまま、

しばらくホームのベンチに座っていた

そういえば、ここは何処だろう?

降りたことのない駅だった

遠くでポツンポツンと何人かが電車を待っているようだ

―電車が通過します

アナウンスが流れ特急電車が風を巻き込んで通り過ぎる

チチチ…と鳥のさえずりが聞こえた

微かに踏切の警報音

配達をしているバイクの音

静かだな

この時間はこんなに静かなのか

それともここが静かなのか

見上げると空は青かった

空の青さと浮かぶ白い雲

ペットボトルの透明な水

綺麗だと思った

あらためて辺りを見回す

知らない場所 知らない人 知らない景色 知らない音

異世界に迷い込んだような気になった

取り残されたような気がした


ひとりでいることが、急に怖くなった


今まで私は何を見てきた?

どうやって歩いて

何に触れて

どう過ごしてきた?

何もない

自分はからっぽの人間なんだと唐突に思った

理解した気になっていたものは

こちら側からしか見ていなかったのではないか

周りの人には見えているものが、自分には見えていないのではないか

自分が劣っている気がした

恥ずかしくなった


手元を見るとあの人が渡してくれたペットボトル

中の水はキラキラと輝いていた

フタを開けてひとくち飲む

透明な味がした

喉を伝って身体に入る

胃の中に落ちて、私の一部になる

力を分けてもらったような気になった

そういえば名前も聞かなかった

同じ車両に乗っていると言っていた

次に会えたら、お礼を言おう

助けてもらったこと、声をかけてもらったこと

お水を渡してくれたことー


くすぐったい感情

夢の中のあの人に話しかけるのとは違う

今度は実在する相手なのだ

ちゃんと言わなきゃ

お礼が言えたら、この世界が変わる気がした

少し大袈裟かな

でも、今日は空が綺麗に見えたんだ

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