第29話

約束の時間より早いけど、もう駅に着いてしまった

休日の朝の駅は人も少なくてとても静かだ

風は少し冷たいけどいい天気

薄くたなびく雲が青い空に綺麗だと思った

駅前のロータリーのガードレールに凭れかかって改札から出てくる人を見ていた

……ほんとに来るかな

彼女の方から言ってくれたんだけど

なんだか僕の願望が見せた、夢での約束のようで

期待というより不安の方が大きいような変な気分だ

待ち合わせの時間まであと10分

次の次の電車くらいかな……

そう思っていたら、改札から彼女が出てきた

……ほんとに来た

彼女は不安そうに辺りを見回している

僕は駆け寄って声をかけた

「おはようございます」

振り向いた彼女も少し微笑んで

「おはようございます」

と言った

交わす言葉はいつもと同じなのに、今日は全然違う

なんだか妙に照れる

さっきまでの不安な気持ちはどこかへと消えていた

彼女も照れているのか、はにかんだような表情で少し俯いている

やっぱりかわいい、ああ今日もかわいいな

彼女に見とれていると、

「……それで、どうしましょう?」

彼女が切り出した

「お誘いしたのは私なんですけど、よく考えたら、この辺のことわからなくて」

そうだ 行き先

どうしよう どこか店でも入るか?

でもまだ昼には早いし

いきなり僕の部屋ってのも……ダメだろ うん ダメダメ

えーっと、じゃあ……

「この辺少し歩きますか?この先の川沿いでも……」

僕が提案すると、彼女は顔を上げて

「はい 行きましょう」

にっこり笑って答えた


駅前から川沿いの道へと歩きだす

毎日のように通るこの道を、彼女と歩ける日が来るとは……

ちらりと彼女を見ると、彼女もこちらを見て微笑んだ

「いやーこの辺、何にもないんですよ」

何にもないことはないんだけど

「うちの近所もこんな感じですよ」

「そうなんですか?」

「はい」

なんだ この緊張

早く落ち着かないとまともに話も出来やしない

話をしようって言ってるのに

情けないな しっかりしろ自分

イライラというかソワソワというか

何て呼べばいいのかわからない気持ちで頭が一杯だ

「……あ、ここですか?」

彼女が尋ねる

黙って歩いているうちに川に着いてしまった

「……はい!」

慌てて答える

「わぁ!綺麗ですね!」

水面を見て彼女が声を上げた

「あっちにベンチがあるんです そこまで歩きましょう」

彼女と並んで歩く

ん?これじゃ話すというより歩きに来たみたいだな

そんなことを考えていたら、彼女がおもむろに口を開いた

「この川、毎日電車から見てました」

あ、彼女が立っている方から見えるんだっけ

「いつも陽が射してキラキラしてて、綺麗だなって思ってたんです」

川面を見つめながら彼女は言う

「私、今から変なこと言います!

よくわからないとは思うんですが、聞いて頂けますか?」

何か決意したような顔で彼女は言った

「わかりました」

僕は頷いた

「私にとって電車は、車窓から見える景色だけでした」

ゆっくり歩きながら、更に彼女は続けた

「必要ないと、思ってたんです」

「必要ない?」

「はい 余計なものは、煩わしいと

だから、イヤフォンをして、景色だけを見てました」

僕は彼女の言葉を黙って聞いていた

「他の人の言葉が、世界が嘘をついているみたいで……ふふっ すみません、私今あなたにほんとに変なこと話してます」

彼女は自分の言葉に少し笑って、更に続けた

「嘘も、聞かなければ傷付くこともないでしょ?

シャットアウトして、自分を守っていたんです」

「シャットアウト?」

「はい 自分の見たいものだけを見て、聞きたい音だけを聞いて、選んできたものの中に世界を見てきました

それでいいと思っていた その方が上手くいくと」

そう言うと、川の流れを見ながら彼女は立ち止まった

「でも、それじゃダメだったんです

私が見つけた答えは、私にしか当てはまらない答えなんです」

風に揺れて、木の上で枯れた葉がカサカサと音をたてた

「上手く言えないんです……今まで、誰かに伝えようとしたこともなかったので……

でも、何でだろう…言わなきゃいけないって思ったんです」

彼女は一瞬僕の顔を見て俯いた

「……座りましょうか」

彼女を促した

ベンチは風に晒されてひんやりと冷たかった

彼女は思い詰めた顔で俯いている

今日会いたいと言った理由はこれなのか

確かに社交的なタイプではないのだろう

シャットアウトか

これはほんとに予想以上に周りを拒絶してたのかも

以前、彼女に見えた「見えない壁」を思い出した

その彼女が、今僕に一生懸命言葉を探して話そうとしている

「大丈夫 ゆっくり、話して下さい」

何がきっかけだったのかわからない

どんな心境の変化なのかわからないけど、彼女から手を伸ばそうとしているんだったら

僕は受け止めたい

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