第14話

梅雨はまだ明けてないんだっけ?

でもこの日差し、完全に夏だな

照りつける太陽が自転車のハンドルにかけた手に刺さるように痛い

河原の横の街路樹の木陰で一旦止まる

ベンチを見つけて腰掛けた

水面がキラキラと光を反射して光る

見上げた空は抜けるように青く

遠くには入道雲

青と白の色の差が、今は夏なんだと声高らかに宣言していた

しかし暑いな

こう暑くちゃ何もする気起きねー

ゴロンと横になる

さらさらと葉が揺れる

葉の隙間からちらちらと光が顔に当たる

時折吹いてくる風も温い

太陽の熱とアスファルトの熱と室外機の熱が混ざって

都会の夏はほんとに暑い

これに加えて満員電車とかあり得ねー

あ、でも乗るの夕方か ならまだマシかもな

満員電車、というキーワードにつられ

人形の彼女を思い出した

今日も乗っていたのだろうか

静寂と無機質な表情に一服の清涼剤のような感覚を覚えた

暑さとか感じるのかな…

身体を起こすと馬鹿なことを考えながら

自転車にまたがり駅へ向かった

この時間の車内はやはり空いていた

三両目に乗ったけど

当然ながら彼女はいなかった


「おはようございます!」

挨拶をして事務所に入る

「おはよー 今日から遅番だね!

やる事はたいして変わらないから、いつも通りよろしく頼むよ」

事務所で机の上のモニターを見ていた店長が顔を上げて言う

「はい よろしくお願いします!」

実際、やる事は変わらなかった

違うことと言えば開店作業が閉店作業になったくらいか

客層は…ちょっと違うな

あれこれ話しかけて来る客は少なく、

若い子や、時間が遅くなるとサラリーマン風の客が増える

カウンターも忙しそうだな

同じホールだが昼間とは違う空気を感じながら

遅番の初日の営業が終わった

最後の客を送り出し、店内の清掃に入る

煙草やライター、その他忘れ物って結構あるな

「これ、どーすればいいですか?」

他のバイトの子に尋ねる

「あー、全部一応事務所持ってっちゃってください」

「了解っす」

取りに来る人いないんだろうけど、捨てるわけにもいかないよな

忘れ物を両手に持って事務所に戻ろうとした時

「お疲れ様です!」

振り返るとコーヒーワゴンの女の子だった

「これ、余っちゃったんで、良かったらどうぞ!」

売り物のアイスコーヒー

余った分は廃棄するらしい

「ありがとう」

両手に持っていた忘れ物を片手に持ち変えて

笑顔を作って受け取った

「今日からなんですか?」

と女の子が尋ねる

「うん 先週までは早番で出てたんだ」

そう応えると

「そうだったんだ!

新人さんにしては余裕あるって話してたんですよ」

ん?話してた?

「そうなんだ 見られてたんだね」

ハハッと笑って返すと

「きゃー!違うんです!

たまたま話題になってたっていうか、

新しい人いるねって言ってて!」

女の子は真っ赤になって

「お疲れ様でしたぁ!」

と言って走っていった

アイスコーヒーは使い捨ての透明の容器に蓋がしてあって

赤いストローがさしてある

氷は少なめでカップぎりぎりまでコーヒーが入れてあった

いっぱい入れてくれたんだな

初日だと思って気を遣ってくれたのかな

ひとくち飲んで事務所へ向かった

店長はもう帰っていていなかった

他の社員に忘れ物の置き場所を聞いて、指示された箱に入れる

「こんなにあるんすか?」

中を見て驚いた

「毎日毎日置いてくんだよー参るよねー」

「ずっと置いとくんすか?」

「まさか!携帯とかは直ぐ持ち主来たりするけど

煙草とかは…捨てるよねー ライターは、ほらそれ」

指さされた方を見ると小さな籠にライターがいっぱい入れてある

「あ、ライターそっちね 使っちゃっていいから」

「了解っす」

使っちゃうのか、とも思ったが、

他の物と一緒に箱に入れるより確かに安全ではあるな

「あとはー、ないな 着替えて帰っちゃっていいよー」

はい、と返事をして制服を着替える

「お疲れ様でしたー」

「はーい お疲れー」

もらったコーヒーを片手に事務所を出た

店長がいないせいか、みんな少し、ユルい

これはこれで楽だな と思った

コーヒーは氷が少なめだったおかげで

時間が経っても薄まってなかった

考えてるんだ、と思ってハッとした

僕が初日なのも気付いていた

よく見てるんだ

状況や周囲をちゃんと見ている

今まで僕は観察する側だと思っていたが

見られていることもあるってことだ

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