第16話

触れられない壁に立ち止まったまま、時間だけが過ぎていた

見ているだけじゃ何も変わるはずはないことだけはわかっていた

「……人形振り返らせるには、どーしたらいいっすかね」

休憩中、ポツリと呟いてみた

「……どーしたの、お前」

横で煙草を吸っていた先輩が驚いた様子で聞き返してきた

「全然こっち見ないんすよ」

「……人形で遊んでんの?お前」

「いや、人間なんですけどね、人形みたいなんすよ」

「何?なになに?女?」

俄然興味を持って食いついて来る

おもちゃ見つけた!って顔だ

「もしかしてコーヒーワゴンの子?」

なんでそんなのが出てくるんだ

「……違いますよ」

「あ?違うの?もう手ぇ出してんだと思った」

「そんなわけないっしょ!何言ってるんすか!」

「仲良さそうに見えたんだけどなー違うんかー」

なーんだ、という感じで煙草の煙を吐く

確かにコーヒーはよくもらうけど

あれ?もらってんの僕だけ?

「……コーヒーもらったりしないんすか?」

「くれねーよ?」

……そうなのか

そういえばこの前はコーヒーは余らなかったからって

ミックスジュースくれたな

オーダー間違えたとか言ってホットドッグくれたこともあったな

もしかして傍から見ればわかりやすいってやつか?

前に周囲のこと、もうちょい気にしようって思ったばっかじゃん

早速出来てねーな 何やってんだ僕は

軽く自己嫌悪に陥っていると

「じゃあ誰よ?」

先輩はまたこっちに向き直って聞いてきた

全部話してしまうのも少し癪だったが、誤魔化しても逃げられそうにない

「……電車にいるんすよ」

「なんて子?名前とか、歳とか、ほら」

「……知らないっす」

「なんにも?」

「……はい」

「なんで聞かねーの?」

「壁があるんすよ」

「車両違うの?」

「違います、そうじゃなくて何と言うか、見えない空気と言うか、オーラと言うか」

「何だよそれ お前そんなん気にすんの?」

完全に笑っている

「だから言いたくなかったんすよ」

「アハハハハ ごめんごめん」

「お前そーいうタイプに見えなかったから

もっとちゃっかりやるんじゃねーの?」

ちゃっかりって

「先輩なら声かけますか?」

「かけるかける

見ててもその女、こっちに転がってこねーだろ?」

他人事だと思って軽く言ってんな

でも、その通りなんだよな

「てか、なんでそんなオーラ?っての?感じちゃってんのよ?」

なんで?

「……いや、だから何となくというか……」

「それ、お前が勝手に作ってるイメージなんじゃねーの?」

「自分が、っすか?」

「そう

どんな女なのか知らねーけど、生きてる人間なら人形じゃねーだろ

イメージ先行し過ぎると、実際の中身知った時ガクンってなるぞ」

驚いたな

普段適当そうな先輩だと思ってたが

なかなかいいとこついてくるじゃないか

「そろそろ戻るかー」

休憩時間が終わる

「はい」

名残惜しそうにギリギリまで吸っていた煙草の火を消して

ホールへ戻った

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