第17話

生きてる人間なら人形じゃない

さっきの言葉がずっと頭の中で回っていた

わかってるよ そんなこと

人形じゃない

人形じゃないんだ


「どーしたんですか?」

不意に声をかけられてドキッとした

「……あ、いや 何でもないよ 大丈夫」

コーヒーワゴンの子が心配そうに顔を覗き込んで来る

「はいこれ!お疲れ様でした!」

いつもの、という感じでアイスコーヒーを渡された

「ありがとう」

笑顔を作って受け取ると、その子も満足そうに笑った

「いつももらっちゃってるけど、いいの?」

「もちろんですよ!ほら、捨てちゃうの勿体ないし

それに……えっと、コーヒーも、飲んでもらえた方が喜びますよ!」

コーヒーが喜ぶのか

一生懸命理由を考えている様子に、思わず吹き出してしまった

「アハハ……あ、ごめん カワイイ言い方するなと思って」

「いえ、お……おかしかったです、か?」

違うよ、と言うとその子はまた嬉しそうに笑った


この子は人形だとは思わないんだよな

喋るから、というか、感情がわかるからかな

感情……人間の温度か

この子にはそれがある

彼女にもあるはずだよな

人形じゃなくて、人間なんだから

目の前の女の子を見ながら、彼女のことを考えていた

「あの……?」

「あ、ごめん 何でもないよ

お疲れ様 コーヒーありがとう」

もう一度お礼を言って事務所に戻った

制服から着替えて、もらったコーヒーをひとくち飲んだ

氷は溶けてなくなっていた

カップは結露していて指先が濡れた

彼女の感情を見てみたい

どんなことで笑う?

どんなことで怒る?

どんなことで泣く?

どんなことで喜ぶ?

どんなことで悲しむ?

彼女の表情を変えてみたい

どんな風に笑う?

どんな風に怒る?

どんな風に泣く?

どんな風に喜ぶ?

どんな風に悲しむ?


そこに「僕」が関わりたい

そう思っていることに気付いた時、

彼女に対しての気持ちが興味ではなく執着に近いと認識した

……そうだ

ただ彼女を観察してるんじゃない

僕は、彼女が欲しいんだ


事務所を出て駅へ向かい、いつもの車両に乗る

今日も彼女は乗っていた

姿を確認して安心した

いつもの駅で降りていく

後ろ姿を見送る

何かキッカケでもあればいいのにな

何でもいい

僕と彼女を結ぶ接点が欲しい

目に見えない蜘蛛の糸を探すような気持ちで電車を降りた


結構器用なつもりでいたけど、違ったみたいだ

駅からの帰り道、自転車を押して歩く

人気のない道に、カラカラと車輪の回る音が響く

見上げた空は曇っているのか

月も星も見えない

どんよりとした雲に覆われて、

空気には昼間の暑さが残っているようだ

湿気を含んだ風が肌にまとわりついて気持ち悪い

早く涼しくなんねーかな

街灯の下に差し掛かると、今日も猫がいた

立ち止まって自転車を停める

目の前にしゃがみこんでみた

逃げる様子もない

すり寄ってきて、にゃあと鳴く

人に慣れてるんだな どこかの飼い猫か?

「お前、お家どこよ?」

ーにゃあ

「こんなとこで何してんだー?」

ーにゃあ

何してんのかわかんねーのは僕の方か

「ごめんな 食えそうなモノ、何も持ってないや」

立ち上がり、また自転車を押して歩き出す

後ろで、にゃあと鳴く声が聞こえていた

河原の方からは、気の早い秋の虫が一匹鳴いていた

もう虫の声がするのか

でも、たった一匹か

寂しくないのかな

ふと思った

仲間に向かって鳴いて

仲間を呼んでるんだろ?

応える声は聞こえない

お前しかいないよ?

呼んでも呼んでも届かないのに、一生懸命鳴くんだな

さっきの猫とこの虫と何故か自分の姿が重なった

なんで僕なんだよ

冗談じゃねーよ

……誰に言い訳してんだよ

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