第25話

出勤する前にいつものカフェに寄って、カフェラテを頼んだ

カウンターに座ってひとくち飲んだ

煙草に火を付けて、それから……

……まだドキドキしてる

いつもと同じことをしようとしてるけど、

今自分が何してるのかわからない

私、普通に話せてた?

いきなりで驚いた訳じゃない

今朝起きた時から考えてた

あの人のこと

何か話さないと何もわからないと思ったし

だから話さなきゃって思ったんだけど

やっぱりどうしたらいいかわからなくて

自分から声をかける姿なんて想像出来なかったし

あの人がどこから乗っているのかという事すらわからなくて

電車に乗ってすぐ、あの人を探してみたけど見つけられなくて

ますますどうしたらいいかと途方に暮れていたところだった


上手く笑顔作れなかった

あんなに言葉が出てこないと思わなかった

なのに

やっぱり今日もあの人は優しかったな

私の言葉、待ってくれてた?

伝わってるって言ってくれた

それから最後に何て言った?

……また話せますか?

また話せますかって言った?

左手に持っていた煙草から、灰がパタリと落ちた

カフェの店内の音楽が聞こえる

私、今イヤフォンしてない

そういえばあの人のこと考えてる時、私、イヤフォンしてない

電車を降りる間際、自分が「はい」と答えたことを思い出した

あの人は嬉しそうに笑ってた

笑ってた 良かった

笑ってもらえると嬉しいってことを思い出した

嬉しい

そう これは建前じゃなくて本音だ


二日ぶりに出社する

パソコンを開くとメールが山のように来ていた

全部読むのは時間がかかりそうだ

最新の進捗だけとりあえずチェックしとこう

メールボックスから何通か開いて目を通す

……なんだ 思ったより全然進んでない

一応チームでやっている仕事のはずなのに

これは私がいつもやっている仕事がまるまる残っている感じだな

二日分の遅れか 取り戻さないと進まない

ため息をついていると

「やっと出てきてくれたか」

後ろから上司の声がした

「君がいないと進まないよ」

「申し訳ありません」

ふと振り返って顔を見上げると、苦言を呈している顔ではない

むしろ嬉しそうに見えた

「すみません、電子書庫のファイル、探すのに手間取っちゃって」

さらに別の声がする

「すぐ見つかると思ってたんですけど、なかなか……ねぇ」

いつも仕事以外の話しかしていない女の子たちが、申し訳なさそうに言い訳をしてくる

「……ああ、あれは分類を覚えたらあとは五十音順に並んでるだけだから……」

そう答えると、

「分類?」

女の子たちは初めて聞くような顔をして聞き返してきた

まさかそれすら知らなかったの?

そりゃ出来ないわ

半ば呆れて席を立つ

「……教えましょうか?」

いつもならひとりで書庫へ向かうところだが、

振り返ってそう言ってみた

すると

「お願いします!」

女の子たちはそう言って嬉しそうについてきた


いつも静かな書庫に女の子たちを連れて入る

分類をレクチャーしながら、遅れている仕事のぶんのファイルを探して取り出してみせる

「あとはこれと、このファイルなんだけど……」

「やってみます!」

女の子たちは、カツカツとヒールの音を響かせながら、ファイルを探しに走って行った

「こっちかなー」

「違うよ こっちは◯◯だから、あっちの棚じゃない?」

「あ、あった!すごい!」

「見つかりました!」

「ありがとうございます!」

「またわからなかったら聞いてもいいですか?」

もちろん、と答えるとみんな嬉しそうに書庫を出て行った

今日はいつもと違って賑やかな書庫

華やかな女の子たちの声を煩いとは思わなかった

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