第24話

アラームが鳴り響く

この時間に起きるようになって、もう半年か

早起きは苦手だ

全然慣れない

あと5分だけならいいじゃねーか

頭の中で声がするけど聞くわけにはいかない

半ば無理矢理身体を起こし、ベッドから出る

顔を洗って、服を着替える

ぼーっとする頭で菓子パンを口に運びながら、

一昨日のことを思い出す

彼女はあれからどうしただろう…?

昨日は電車に乗って来なかった

まだ体調が悪いのか

それとも乗る電車か車両を変えられたか?

いや、悪い印象は持たなかった筈だ

だって別れ際、確かに彼女は笑ってた

やっと見れた 彼女の笑顔


テレビが天気予報を映し出した

もうこんな時間かよ

残りのパンをコーヒーで流し込んで

急いで歯を磨き鞄を掴んで部屋を出る

駅まで自転車を飛ばして、ギリギリ間に合った

3両目まで走って電車に飛び乗る

彼女はどこだ?

少し祈るような気持ちで車内を見回す

すると、いつもの場所に彼女はいた

いつもの場所で、手摺りに掴まって窓の外を見ている

姿を見れたことにほっとして、満員の車内を無理矢理移動して彼女の元へ向かった

やっとのことで辿り着き、

「おはようございます」

彼女の横顔に話しかけた

彼女は僕を見ると一瞬驚いたような顔をして、少し考えるような間を置いたあと

イヤフォンを外して

「おはようございます」

と言った

「僕のこと、覚えてますか…?」

躊躇いがちに尋ねる

「…もちろんです」

彼女は答えた

「あの後、大丈夫でした?」

「はい、少し休んだあと、病院に行きました」

「そうですか……」

何だか上手く言葉が出てこない

彼女も気まずい様子なのか、しきりと瞬きをしている

なんとなく沈黙

彼女も俯いてしまった

どうしよう?何か言わなくちゃ

「あの、」

「あ……」

僕が口を開くと同時に彼女も何か言いかける

「あ、どうぞ」

咄嗟に譲ると、

「あ、はい」

と言って彼女が話し始めた

「……病院では、風邪だって言われました

それで、点滴を打ってもらって、少し楽になって、それから、薬を貰って帰りました」

小さな声で彼女は続ける

「昨日まで熱がなかなか下がらなくて、昨日も休んじゃいました」

「そうだったんですね

もう、大丈夫ですか?あ、まだ少し本調子じゃないのかな」

僕が言うと、

「違うんです」

と、彼女は言った

「私、人と話すのが苦手で、上手く言葉が出て来なくて……」

ごめんなさい、と消え入りそうな声で言った

「大丈夫ですよ?ちゃんと伝わってます

謝ることなんて、何もありませんよ?」

ここで引いたら、本当に途切れてしまう

僕はそう思った

蜘蛛の糸を掴んだんだ

離すわけにはいかない

お願いだから、切れないで

「……本当ですか?」

彼女が顔を上げた

「はい」

僕は微笑んだ

すると彼女は

「……イヤフォンを、外して歩いたんです」

イヤフォン?

「あの後、イヤフォンを外して歩いて、鳥の声とか街の音とか聞いたんです」

嬉しそうに呟いた

「久しぶりだったんです ……あなたのおかげです」

それから彼女は僕の顔を見上げて、

「あなたが声をかけて下さらなかったら、きっと私、あのままでした」

少し恥ずかしそうに笑ったあと、

「お礼、言わなきゃって思ってたんです

……ありがとうございます」

と言った

……予想外だ

これは……、

「いえ、僕で、お役に立てたなら良かったです

嬉しいです」

そう返すのがやっとだった

彼女の目が僕を見てる

聞きたかった声が目の前にある

僕は気持ちを抑えられてるかな?

ここが電車の中だと忘れそうだ

……そうだ電車の中だった

その時、彼女が降りる駅名を告げるアナウンスが聞こえてきた

「……降りなきゃ」

彼女が言った

「また話せますか?」

我慢出来ずに尋ねると

「……はい」

彼女はにっこり笑って降りて行った

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