第21話 プレゼント攻撃

 最近、リタは随分と機嫌が良い。

 何をやってもどこか浮ついた様子で、時折鼻歌なんて歌っている。

 僕が何かあったのかと聞いても、笑いながら内緒だと言うだけだった。


 ある日、工事業者らしき人達がやってきて、敷地を測量し始め、リタは上機嫌に彼らに指示を出していた。

 彼らが帰った後にリタに何を建てるのか聞いても内緒だと言われた。

 その時は気になったけど、しばらくすればわかるかと思い、黙って見ていることにした。


 一週間もすると建物は大体の外見は出来てきて、それはきゅう舎だとわかった。

「リタ、何か飼うんですか?」

「ふふふ、何かな~」

 僕が訪ねてもリタは楽しそうにそう答えるだけだった。




「……ということがあったんですけど」

 僕が話し終えると、リックさんとローザさんは驚いたような顔をした。

 今、僕は二人に招かれてお茶会と言う名のリタの近況報告をしている。


「まあ、もしかしてお姉さま、とうとう移動用の魔物を購入なさるのかしら!」

「やはり移動魔法だけでは様々な制約もあるからな。それに新しく魔物を飼うということは、姉上もやっと気持ちに整理がついたのだろう」

 ローザさんが嬉しそうに手を叩けば、リックさんもそれに続くようにうなづく。

 僕はなんのことかわからずに首をかしげた。


 なんでもリタは小さい時にグリフォンから落ちて大怪我したことがあって以来、魔物に一切乗らなくなってしまったらしい。

 基本的に貴族や豪商等生活に余裕のある人達は、大体移動用の魔物を持っているのが普通で、リックさんとローザさんも自分専用の魔物がいるそうだ。


 転移門は自分が行った事がある場所にしか設置できないうえに、一度設置したら転移門の場所も移動も出来ない。

 転移魔法が使えるとしても、大きな町に行く時は魔物と一緒に目的地に最寄の転移門から出て、そこから目的の場所を目指すのが普通らしい。


 リタに転移門でどこかに連れて行ってもらう時、僕らはいつも転移門からは徒歩だ。

 リックさんもローザさんも、リタが魔物を飼う事をかなり歓迎しているようだった。

 でも、なんで急にリタは魔物を飼おうとしているのだろう。


「他には何か変わったことは無かったか?」

「いえ、特には」

 リックさんに尋ねられ、僕は静かに首を横に振る。


 リックさん達には魔王様が病み上がりのリタに求婚しにきたことや、リタと魔王様がつい最近デートをしていたことは伝えていない。

 そんなことしたら前に魔王様の事をリタにとってこれ以上ない結婚相手と言っていたリックさん達は、二人をくっつけようとするに決まってる。

 魔王様は時々言動が怪しい時はあるけれど、家柄、戦闘力、財力、権力どれを取ってもリタの結婚相手として申し分ないのは間違いない。


 幸い、リタへのプロポーズも先日のデートも、まだ知らなかったで通せる話だ。

 だから隠し通せなくなるまでは、僕は絶対に言うつもりはない。




 その日、家に帰るとリタの目線がいつもより近かった。

 不思議に思って足元を見れば、リタの靴が見覚えの無い新しい物になっていた。

 ヒールが高くて尖っている靴で、普段歩きやすい物を好むリタにしては珍しい靴だった。

 僕がリタの足元をまじまじと見ているのに気が付いたらしいリタは照れたように笑う。


「えへへ、どうかな? この靴」

「……そんなにヒールが高くて歩き辛くないんですか?」

 僕は素直な感想を言う。

「うん。全然平気。この靴、カミルさんから頂いたの」

 リタは特に気分を害した様子もなく、変わらない笑顔でテーブルの上の包装のとかれた箱を指差した。


 箱にはカードが添えられていた。

 『この靴で君に踏まれたい』と書かれている。

 リタは、これは屍族アンデッド特有の慣用句かなにかなのだろうか首をかしげていたけれど、多分そのままの意味だと思う。

 もちろん教えるつもりは無い。


「リタ、その靴自体はとっても似合ってると思うんですが、普段のリタの服とだとあんまり合わないんじゃないですか?」

 僕が言えば、

「やっぱりそう思う?」

 と言ってリタはいつもの靴に履き替えた。


「私も好きなデザインではあるんだけど、普段着る服と毛色が違うから、どんな服合わせていいかわからないんだよね」

 リタは困ったように言いながらまじまじと貰った靴を見つめた。


 翌日、送られた靴に合いそうな服がまた魔王様から贈られてきた。

 大きく胸元が開き、深くスリットの入った身体のラインを強調するそのドレスは、確かに靴とは合いそうだけど、服を見てそれを着たところを想像したらしいリタが、

「まあ、普段着る物ではないよね!」

 と照れたように笑いながら仕舞ってしまった。


 確かにいつもより露出の高い服ではあるけど、町には普通にそれよりも肌を露出した服装をしている人達は男女問わず普通にいるし、全然変ではないと思う。

 リタがあの服を着たところも少し見たい気もする。

 魔王様の趣味と言うのが気に入らないけど。


 更に翌日には、服に似合いそうなアクセサリーが贈られてきた。

 それから魔王様からの贈り物はほぼ毎日贈られてくるようになり、魔王様セレクトの品がどんどん増えていく。

 リタは一応それらをクローゼットにはしまうものの、着ることはなかった。


 単純に恥ずかしいらしい。


 そうしている間にきゅう舎は完成し、更に数日後リタは一匹の黒いグリフォンを連れてきた。

「お誕生日おめでとう! ヨミ、少し早いけど誕生日プレゼントよ」

 一瞬何を言われているのかよくわからなかった。

 僕の誕生日はリタの一ヶ月後なので、確かにもうそろそろではある。

 なんでも僕がグリフォンに憧れを持っていると聞いて、今年の誕生日プレゼントはこれにしようと決めたらしい。


 グリフォンは飛行可能な移動用の魔物としては最も高価な魔物だ。

 長距離・高速の飛行が可能で、性格も自分が主と認めた者に対しては従順、グリフォン自身の戦闘力も高い。

 ただし、自分より弱いと判断した者には絶対に従わないので、グリフォンを連れているということはそれだけで高貴な身分の証明になる。


 なぜ、僕がこんなにもグリフォンに詳しいのかと言えば、以前自力で山を降りられるようになったばかりの時に、ヴィクトリカさんが乗っているようなグリフォンがいれば移動も楽なのにと、図書館で関連書籍を漁ってみたことがあるからだ。

 結果、ちゃんと訓練を受けて育て上げられたグリフォン一頭分の金額で立派な家が建てられることを知って僕は諦めた。


 他にもペガサスやマンティコアなどの魔物の事も調べてみたけど、やはり飛べる魔物はそれ以外の魔物に比べてどれも高くて、とても僕一人でどうにかできる額ではない。

 魔物を買ったとしても、家で飼う訳にもいかず、専用のきゅう舎なんかを用意する必要もあったたので結局僕は大人しく自分を鍛えることにした。


「……全身が黒いダークグリフォンって、繁殖が難しくって普通のグリフォンの五倍近い値段しませんでしたっけ?」

 確か、僕が読んだ本にはそう書いてあったはずだ。

「ヨミはそんなこと気にしなくて良いの。それにこの子、黒い毛に金色の目でヨミみたいで素敵でしょ。私もう一目惚れしちゃって」

 連れてきたグリフォンの首に腕を回して頬ずりをしながらリタが言う。

 対してグリフォンも嬉しそうにリタに顔を擦り付ける。


 正直、僕にはリタの懐具合はわからないけれど、この様子だったらきっと問題ないのだろう。

 かっこいいでしょう、この子。と目を輝かせて言うリタは、本当に僕に甘いと思う。

 とにかく今は純粋にリタの厚意に感謝しようと僕がリタの方に一歩近づいた瞬間、僕の頭はグリフォンにガブリと齧られた。

 どうやらこのグリフォンはまだ僕を主とは認めていないらしい。


 それから僕は日が傾くまでしばらくグリフォンと拳で語り合った。

 グリフォンは、完全に自分よりも相手の方が強いと判断しないと、いかに訓練を受けてきたとしても全く飼い主の言う事を聞かない。


 日が赤くなる頃には渋々という様子ではあるけど、なんとか僕の言う事も聞くようにはなってきた。

「これからゆっくり仲良くなっていけばいいよ。まずはこの子の名前を決めないとね」

 回復魔法で僕達の怪我を治しながらリタが言う。

「じゃあ、ググなんてどうでしょう」

 リタに大人しく傷を治されているグリフォンを見ながら僕は提案する。


「ググか、可愛くって良いんじゃないかな。由来は?」

「なんとなくです」

 本当はさっきからずっと僕を威嚇していた時の唸り声がそう聞こえるからだ。

 ググを見れば威嚇こそしてこないものの、鋭い目で僕を睨みつけてくるので、仲良くなれるのはもう少し先になりそうだ。


 流石に体が泥まみれなので完全に日が暮れる前に風呂に入ってしまおうと僕が着替えを持って風呂場に行こうとすると、なぜか当たり前の様にリタが付いて着た。

「なんで付いてくるんですか」

「私もお風呂に入るからだよ?」

 脱衣所に入る前に尋ねれば、不思議そうにリタは首を傾げる。


 リタにとっては子供と一緒に風呂に入るだけでありそこに深い意味が無いのはわかっている。

 だけど、今の僕がリタと一緒に風呂に入るのは問題しかない。

 ……全部僕の方に問題があるだけなのだけれど。


「久しぶりに背中を流しっこしようよ」

 そんなことは知りもせずにリタは昔のようにスキンシップを求めてくる。


 目が柔らかい唇へといってしまう。

 その服の下の白い肌を想像してしまう。

 よからぬ妄想が頭をよぎるもそんなことをすれば確実に嫌われてしまうという確信が僕を踏みとどまらせる。


 こんなの生殺しだ。

 勘弁して欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る