第18話 家宝とお気に入り
僕に向けられた拳を体を伏せてかいくぐり、そのまま足払いをして態勢を崩した相手の頭を掴み、そのまま地面に叩き付ける。
鈍い音とうめき声が短く聞こえ、彼は動かなくなった。
「この程度でリタに決闘を申し込むなんて、身の程知らずもいいところですね」
体に付いた土を払いながら、僕の足元に伸びている男の人を見ながら呟く。
求婚者狩りを始めて早三ヶ月。
僕が倒した求婚者の介抱は、もっぱらアベルかロニーにお願いしている。
その結果、定期的に結構な額の謝礼が家に入ることになったメアリーさんの協力もあり、リタへの求婚に予選が設けられたという話はあっという間にノフツィ全体に広がった。
リタに決闘を挑みに来る人は大抵町でリタの事を誰かに尋ねるので、求婚者への情報も上手く伝わったらしい。
定期的に現れるリタへの求婚者を倒して介抱を頼むと、アベルやロニー達は紹介料として一人に付き金貨一枚をくれるようになった。
その後それを見た他の人からその倍出すから今度求婚者をのしたら自分の所に連れてきて欲しいなどと言われるようになり、最近だと僕が人を担いで歩いていると、まるで彼等を競りにかけているような気分に陥ることもある。
まあ誰かに介抱はお願いしないといけないし、謝礼目当てということもあり、皆彼等に対して礼は尽くすのだろうから別に心は痛まない。
それでもやはり中には強い人もいて、リタを紹介せざるを得ないこともあり、僕はそれがとても悔しかった。
リタはそんな強い人達相手でも危なげなく倒していたが。
たまに負けたり、勝ったけれどかなりギリギリで僕が負傷して帰った時、リタは魔法で傷を治しながらいつも僕を心配した。
もっぱら魔物の群れに襲われたことにしていたけれど、それだと魔物からも満足に身を守れない未熟者ですと言っているような物なので、僕はどうにかしてもっと強くなりたい。
リタの誕生日が来月に迫った頃、僕は暇さえ見つければこっそりビウラの
リタへの誕生日プレゼントを用意するためだ。
小さい頃はこの山の魔物に酷い目に遭わされたけれど、ドラゴンも自力で狩れるようになった今ではこの程度どうということは無い。
今年のリタへの誕生日プレゼントには魔法石を贈ろうと決めていた。
貴族にとって何の特殊効果も持たない通常の宝石はただの石ころのようなもので、魔法石の効果その物というよりも、魔法石という高価で希少価値の高い物を身につけること自体がステータスなのだと知ったからだ。
リタは未だに僕が昔プレゼントした原石で作ったブローチを大事に付けてくれているけど、この事実を知ってしまった僕は、今度こそリタにふさわしい魔法石を贈ろうと思っている。
しかし、ビウラの宝石店に並ぶ魔法石を使った宝飾品の値段を見た僕は言葉を失う。
普通の宝石を使った物と魔法石を使った物では百から千倍の値段の開きがあった。
ちなみに更に高価なものもあるらしいけれど、それを見る場合は警備が厳重な別室に通されるらしい。
求婚者の紹介料やリタが気まぐれにくれる額がおかしいお小遣いのおかげで、今僕の懐は結構潤っていた。
しかし、それでも磨き上げられた魔法石は買えそうもなかった。
でも考えてみれば、リタにもらったお金でリタにプレゼントを買うというのも、純粋な僕からリタへの贈り物と言えるのだろうか。
たぶんリタは気にしないだろうけど僕が気になる。
結果、僕は常夜の山で魔法石を探すことにした。
魔法石は基本的に特殊な魔物の肉体から生成される物らしい。
そして強い魔物程、より強い力を秘めた魔法石を持つ。
魔法石の価値は魔法石内の魔力の密度と大きさによって変わる。
魔力の密度が高い程魔法石はより美しい輝きを放ち、それは魔物の魔力の強さや生きてきた時間によって変化する。
つまり、価値の高い魔法石はそれだけ強い魔物に宿る。
そのせいもあってか、山の入り口に生息している弱い魔物達はほとんど魔法石を宿していなかった。
山の奥にいる手強い魔物達の中には時たま魔法石を宿している魔物もいたけれど、それでもかなり小ぶりで魔力の密度もそんなに高くはなかった。
なぜ、魔法石にそんなに詳しくない僕が魔法石内の魔力の密度がわかるのかといえば、先日ローザさんに僕のような素人でも魔法石の良し悪しを計る簡単な方法はないか相談してみたら、僕も微弱ではあるが電撃が使えるので、一度鑑定してみたい魔法石に軽く電撃を与えてみたらどうかと言われた。
試しにローザさんが付けていた腕輪の魔法石に僕が電撃を加えてみれば、電撃が石の中で反射したのか魔法石がキラキラと光る。
魔術師はを魔法を発動させる際、自身の魔力を生体電気に乗せて放出するらしく、本来魔力と電気の親和性というのは非常に高いらしい。
では、それ程魔法と親和性の高い電撃を操る鬼族がなぜ全く魔法が使えないのかといえば、元々魔力をほとんど宿していない種族である事と、鬼族の体に流れる生体電気や扱う電撃は強力ぎて魔力を精密にコントロールして魔法を発動させることが出来ないかららしい。
魔術師の体内の電気と魔力の流れが完全に一致していなければ魔法を発動する事はできないので、妨魔石のような常に微弱な電気を放出している石を身につけていると上手く魔力がコントロールできなくなり魔法を使えなくなってしまう。
リタのように元の魔力量が圧倒的過ぎて阻害を受けても魔法を発動できてしまう事もあるようだれど、それは例外中の例外らしい。
この微弱な電気を出し続ける妨魔石には魔法石を鑑定するという使用法もあるそうだ。
魔法石に妨魔石を触れさせると、魔法石はその放出された微弱な電気に内包された魔力が反応して輝きを放つ。
そしてその輝きの強さで魔法石に内包された魔力の密度がわかるらしい。
つまり、僕が妨魔石代わりに弱い電撃を魔法石に与えればその輝きで魔法石の魔力密度がわかるという訳だ。
家に帰って、最近はもうすっかり着ける必要はなくなった魔物避けのお守りに軽く電撃を当ててみたら、しばらく目を閉じても光の残像が焼きつく位に眩く光を放つ。
これが滅多に市場に並ぶことの無い最高級品の輝きなのかと僕は呆然とした。
今になって思えば、拳大のあれだけの輝きを放つ魔法石がいかに希少な物なのかわかる。
そしてそんな物をリタが欲しいと言ったらすぐに用意して簡単にプレゼントしてしまう魔王様の経済力は、凄まじいと実感した。
だからと言って魔王様とリタの恋路を応援するつもりは毛頭無い。
結局、僕は一ヶ月かけて常夜の山で魔法石を探し回って、昔、魔王様に送られた物よりはかなり小ぶりではあるけど
それなりに眩い光を放つ、紫色の魔法石を手に入れた。
常夜の山にある洞窟の奥深くに眠っていた巨大な魔物と死闘を繰り広げて勝ち取った物ではある。
けれど、アレだけの魔物を倒してこの程度の大きさの魔法石しか取れないなんて、あの魔物避けの元となった石はどんな魔物の物だったんだと世界の広さを実感しする。
リタの魔力を回復させる魔法を目の当たりした魔王様もこんな気分だったんだろうか。
別にゾクゾクはしないけど。
リタに贈る魔法石を決めると、僕は他の十数個あった小ぶりで魔力の密度も低い魔法石はビウラの買取店で売った。
まさか両手に収まる程度の魔法石が麻袋に一杯の金貨になるとは思っても見なかった。
それだけ魔法石が希少ということなのだろう。
そして魔法石の買い取り価格がこんなものならビウラでの磨き上げた魔法石の宝飾品も結構良心的な値段だったのかもしれないと思った。
リタの誕生日に魔法石をプレゼントすると、リタはとても喜んでくれた。
しかし、僕はまだ気を抜けない。
程なくして、結界を破られた轟音が響き渡り、魔王様とヴィクトリカさんがやってきた。
ヴィクトリカさんからのお菓子類の詰め合わせとケーキの差し入れを見て、リタが心底嬉しそうにヴィクトリカさんに抱きつく。
どれもリタの大好物らしい。
そして魔王様からは四角い鞄がリタに渡され、リタが鞄を開けると、多分宝石店でも奥の部屋に通されて買うような宝飾品が、鞄の中一杯にそれぞれの豪華さを競っていた。
一体この鞄の中身にどれ程の値段が付けられるのだろうか。
「この魔法石はリタさんに持っていて欲しいんだ」
あまりの魔王様の本気ぶりに僕が気圧されていると、リタはごく自然にわあ、ありがとうございますと受け取っていた。
考えてみればリタの家も魔王様の実家と並べ称される名門だ。
もしかしたらこの程度見慣れているのかもしれない。
そう思うとまた気が重くなった。
「我が家の家宝にしますね」
リタはニッコリと笑ってそう言った。
リタの誕生日から一週間が経った。
魔王様から貰った宝石類はあの日結界を張った貴重品をしまっておく部屋に置かれて以降、ずっとそのままになっている。
「見て見て、ヨミから貰った魔法石、今度は首飾りにしてみたの」
一方、誕生日の数日後には僕が贈った魔法石は首飾りになり、その日からリタはブローチの代わりにその首飾りを毎日着けるようになった。
魔王様から貰った魔法石は着けないのかと尋ねてみると、
「だってあんな豪華なの、付けていく所が無いもの」
と、笑っていた。
確かにあんな豪華な宝飾品を着ける機会なんて、一般人には無いのかもしれないけど、要するに魔王様はあれを着けて自分主催のパーティーなど、リタに社交の場に出て欲しいのではないだろうか。
まあ、本人に全くその気が無いようなので僕は黙っておいた。
あの後リタは実家で身内だけの誕生会にも参加していたけれど、あの日リタが一番喜んでいたのはヴィクトリカさんからのプレゼントではないだろうかということに僕は気付いた。
ヴィクトリカさん本人は頑なに誕生日プレゼントではなくただの差し入れだと言い張っていたけれど。
日持ちするお菓子が大半だったので、ここ最近リタはいつもうきうきとした様子でティータイムにそれらを楽しんでいる。
多分リタは、プレゼントの値段はあんまり気にせず自分が好きな物なら値段に関係なく何でも喜ぶのだろう。
ヴィクトリカさんもそれを知っていたのだ。
思い返してみればリタが親友と言うだけあって、ヴィクトリカさんはリタの喜ぶツボを心得ているように思う。
プレゼントは値段の高い物を競って贈るのではなく、どれだけ相手に喜んでもらえるかを考えて贈るものなのだと気付かされた気がした。
今後リタに物を贈る時は、ヴィクトリカさんの考え方を参考にしようと思う。
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