第17話 求婚者狩り

 僕の薔薇を贈り続けてリタに告白する作戦は中止することにした。


 魔王様がリタに会う度に薔薇の花束を贈ってもあの反応なのに、僕が薔薇の蕾を一本贈り続けたところでそれがリタの心に響くとも思えないからだ。


 翌日、約束通りリタと町で買い食いして家に帰った頃、僕は家の前に立っていた木に黒い何かが止まっているのを見つける。

 全身真っ黒の梟だ。


もっとも、梟なんて図鑑でしか見たことがないので本当に梟であっているかも疑問だけど。

 後で気になって先程梟を見つけた辺りに戻れば、その梟は突然僕の腕に乗ってきた。

 爪が腕に食い込んで痛い。


 その時、梟が足に小さな筒のようなものを着けているのに気付く。

 しかもその筒には『ヨミ君へ』と書かれていて、筒の中には丸められた紙が入っていた。

 これは前に本で読んだ伝書梟という物ではないだろうか。

 丸められた紙を広げれば、それは魔王様からの手紙だった。


 内容は二人だけで話したいことがあるので、明日昼の十二時にノフツィの中心にある広場へ一人で来るようにという物だった。

 ご丁寧にリタには内緒にしてくるようにとも書かれている。

 ……色々と思うところがあるけれど、翌日僕は指定されたノフツィの広場へ向かうことにした。


 待ち合わせよりも少し早めに広場に行き、辺りを見回していると、いつの間にか魔王様が僕の背後に立っていて肩を叩いてきた。

 全く背後に人の気配なんて感じなかった僕は内心かなりびっくりしたけど、素直に驚いたと口にするのは癪だったので、なんでもない風を装って魔王様に挨拶する。


 後から考えれば肩を叩かれた時に思いっきり体をビクリと跳ねさせてしまったので、魔王様にはそんなこと丸わかりだっただろうなとは思うけど。


 魔王様は挨拶もそこそこに、立ち話でするような話でもないのでと僕をノフツィの高級な料亭へと連れて行った。

 以前何度かリタに連れてきてもらったことのあるこの店は、相変わらず店内の装飾がこれでもかという程に豪華でごてごてとしていて、落ち着かない。

 個室に通されて魔王様が適当に注文を決めて給仕の人が出て行った所で僕は口を開いた。


「それで、話ってなんですか?」

「まあまあ、それは食事の後でいいじゃないか。君に今度こそ食事をごちそうする、というのも今回の目的の一つなんだ」

 僕が尋ねれば、魔王様が茶化すように言う。

 この様子だと、以前魔王様が酔っていた時に首を絞め落としたことはそこまで根に持たれてはいなさそうだと少し安心した。


「魔王様、今回リタが召集された戦いって何が起こったんですか?」

 せっかくなので僕は料理が来るまでの軽い雑談というていで今回リタが招集された戦いについて探りを入れてみることにした。

「ああ、アレには私も驚いたよ。何しろ魔王城にいきなり転移門が開いて勇者達が殴り込みにきたんだから。私も突然首をねられた時はどうしようかと思ったよ」

 笑い話のように魔王様は話す。


「そんな大変なことになったのにどうして笑ってられるんですか」

「それはもちろん我々の側が勝利して、私もこの通り今はなんとも無いからさ」

 魔王様は首を刎ねられた程度では死なないらしい。


 魔王様の話をまとめると、

 約二週間前、突然魔王城に転移門が開き、そこから人間の勇者一行が攻めてきたらしい。

 転移門は食事中の魔王様の背後に開き、一瞬の内に魔王様は首を刎ねられてしまった。


 勇者達は魔王の首は取ったので全員即時降伏するようになんて刎ねた魔王様の首を持ち上げて宣言した。

 けれど、魔族側は魔王様がその程度では死なないことは知っているので気にせず応戦する。


 最初に乗り込んできた勇者達数人はどうということは無かったけれど、その後魔王城の別の場所でも転移門が開き沢山の勇者達が乗り込んできて一時城内は騒然となった。

 どうやら人間側の内通者がいたようで長い間かけて魔王城の結界の無力化と転移門の出口の設定をやっていたらしい。


 決着するまでには他にも様々な戦いがあったそうだけど、転移門は全て魔王城の中にしか仕掛けられていたことが判明する。

 なのでリタが魔王城全体に結界を張って敵を城から外に出さないようにした後、転移門の人間側の出口に全てに向かって一斉爆撃した。


 そして今後最低でも一年はその転移門に近寄れないように大量の猛毒を魔法で生成して転移門を毒の海に沈めたり魔王城側の結界を改めて張りなおしたりして何とか事態は収束したらしい。


「リタさんの活躍は正に英雄だよ。しかしそれ程の大規模・大出力の魔法を連続して何度も使えるなんて、どんなに優れた魔術師でも普通はありえない。自身の限界以上の魔力を引き出すためには、今後自分の一生分の魔力を前借のような形で使うものや、自身の生命エネルギーそのものを魔力に変換する方法がある。リタさんがあの途方も無い力を行使するために一体どんな代償を支払ったのかと考えると私は胸が張り裂けそうだったよ」


 ふるふると首を横に振りながら魔王様は言った。

「だから私は昨日、もしかしたら彼女の最期に立ち会うかもしれない。位の覚悟でリタさんに会いに行ったんだ。あれだけの魔術を行使したんだ。少なくとも先程の代償のどちらか両方、もしくは更にそれ以上の代償をリタさんは支払ったのかもしれない。だからせめて彼女が死ぬ前にちゃんとこの思いを伝えたい。もし幸いにも一生魔力が使えなくなる程度で済むのなら、今度こそ私に一生リタさんを守らせて欲しいと言うつもりだった……それが、あの結果だよ」


 そう、あの結果だ。

 当のリタは別にそんな代償を支払った訳でもなく、どうやら先代魔王だったお爺さんが確立したという魔術理論によって魔力を無尽蔵に供給する夢のようなの魔法を会得していて、魔王様の懸念も杞憂だった。

 リタのことを思えば喜ばしいことなのかもしれないけど、魔王様も随分拍子抜けしたようだ。


「まるで自分という存在が世界を知らないちっぽけな虫けらだと言われた様な気分だったよ」

 魔王様はそう言ってテーブルの上に肘を立てて両手を組んだ。

 なにもそこまで自分を卑下するようなことでは無いんじゃないか、と僕が言おうとした時、だが、と魔王様は言葉を続けた。

「それはそれで最高にゾクゾクする」

 嬉しそうに言う魔王様に、僕は昔彼が酒を飲んでいた姿を思い出した。


 どうも魔王様は何かのスイッチが入ってしまったようで、それからしばらくうっとりとした顔で魔王様の思い描く理想のリタについて延々語ってくれた。

 以前、魔王様と食事をした時、やたら饒舌にあれこれとリタのことを語りたがるのは酔っ払っているせいだとばかり思っていたけど、現在魔王様は一滴も酒を口にしていない。

 まさか、素面しらふでも一度スイッチが入るとずっとこのテンションなのかと僕は困惑した。

 その後料理を食べ終わってもしばらく魔王様の話す勢いは衰えない。



「それで、今日僕を呼び出してしたかった確認ってなんだったんですか?」

 話が一段落した所で僕が尋ねれば、ああそうだったと魔王様は平常時の顔に戻った。

「ヨミ君、君は今何歳だ?」

「十五ですけど」

 僕が答えれば、魔王様は意外そうな顔をして少し考える素振りを見せた。


「……ふむ、まあまだ十五なら問題は無いか」

「あの、なんなんですか?」

 僕が尋ねれば、魔王様はポンポンと僕の頭を撫でた後、私の勘違いだったようだと笑った。

「いや、なんでもないよ。ヨミ君は母親思いの良い息子だと思ってね」

 そんな魔王様の言葉に、僕は自分が今、魔王様からリタを取り合うライバルにはなり得ないと判断されたのだと知った。


 しばらく見ない間に随分成長していたので年齢を確認してみたらまだまだ子供だったので安心した。というところだろうか。

 それがわかる分、余計腹立たしかった。

 その後、魔王様は上機嫌でデザートでも頼むかと勧めてきたので、とりあえず一番高い物を頼む。


 魔王様はまた今度一緒に出かけようじゃないかと言って上機嫌で帰って行った。

 子供を手懐けてリタに近づく作戦なんだろう。

 僕の機嫌は急降下していた。


 店を出た僕に不意に後ろから声をかけてきたのは、最近しょっちゅうリタに決闘を挑んでは負けている騎士っぽい人だった。

 リタは、時間のある時は手を抜いて求婚者の人と『良い勝負』を演出する。

 すぐに倒せるのにどうしてそんなことをするのか、と以前リタに尋ねたら、

「だってわざわざ遠くから私と戦うために来てくれたのだし、瞬殺するより多少余裕を与えてあげた方が良い経験になるかと思って」

なんて言っていた。


 多分、そうやって多少手を抜いて何度も自分に挑むうちに力をつけて本当に自分を倒せるほど強くなるのではないかなんて期待してしまうんだろう。

 何度かリタに『良い勝負』をしてもらった奴は自分は結構強いのではないかと勘違いして連日訪ねて来るようになる。


 まあ、一度でも急いでいるリタに瞬殺されれば、その自惚れに気付いてしばらくは見なくなるのだが。

 とにかく、僕は手加減して相手してもらっただけで自分は強いと勘違いしてリタに擦り寄り、あまつさえ僕に父親面してくるようなこの手の輩は以前から気に入らない。


「今日はリタさんはいないのかい? これから決闘を申し込もうかと思っているんだが」

 少し照れたように、その男ははにかむ。

 最初はリタの事を女傑殿と呼んでいたのにいつの間にか名前呼びしていることも気に入らない。

 そしてそんな姿が魔王様と重なる。


「そうだったんですか。実は最近リタに決闘を申し込む人があんまりに増えすぎて、親族による予選を行うことになったんです」

 言葉は想像以上にすらすらと出てきた。笑顔も上手く作れていると思う。


 実際、貴族の間では親族によって求婚者をふるいにかける予選という物が行われることがあるとローザさんから話を聞いた時、いつかこんな日が来るんじゃないかと日々イメージトレーニングをしてきた成果だろう。

「そうか、リタさんはもてるからな。だけど、自分で言うのもなんだが、僕は結構良い線をいってると思うんだけど、予選の免除とかないのかな」


 この人は随分と自分の力を過信してしまっているらしい。

 リタに挑んでいつもギリギリで負けていると思っているのだろう。

 十回以上決闘を挑んで一度も勝ててない時点でその敗北は偶然ではなく必然によるものだと気付かないのだろうか。


「すいません、求婚者の方には全員一度僕と戦ってもらう事になったんです。一回僕に勝てば次からは予選免除ですので」

「なんだ、ヨミ君が相手なのか。こりゃ怪我させないように気をつけないとな」

 出来るだけ申し訳無さそうに、礼儀正しく言ってやれば、まさか自分が負けるなんて露ほども思っていないらしい彼が僕の頭をポンポンと撫でる。


 これはきっと、子供だからというあなどりからの行動なのだろう。

「いえ、ご心配なく、僕なら多少怪我してもリタがすぐ治してくれますから」

 絶対に叩き潰す。笑顔で話しながら僕は心の中で誓った。




 見事に予選落ちした僕の足元で伸びている男の人を担ぎ、僕はアベルの家に向かう。

 呼び鈴を鳴らせば都合よくアベルが出てきたので男の人の介抱をお願いする。

「あれ、この人またリタさんに倒されたのか?」

 最近すっかりこの辺でもお馴染みの顔になりつつある彼を見てアベルが言う。


「ううん、リタとの決闘まで行ってない。予選落ち」

「リタさんへの求婚に予選なんて出来たのかよ」

「うん。ついさっき僕が勝手に始めた」

「そんなことしていいのかよ」

 実は僕が今勝手に始めたことだと言えば、アベルは一瞬驚いたように声を上げた。


「リタより弱い僕にも負ける男なんてリタが興味あるわけ無いじゃないか」

 けれど、僕の答えにそれもそうか、と納得したアベルは男の人を担いだ僕を家に招き入れてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る