第24話 欲望と理性
最近、リタが本気で僕の理性を殺しに来ているのではないかと思うことがある。
なぜか最近リタは魔王様から送られてきた服ばかりを着るようになった。
どれもリタには良く似合っていたけれど、露出度の高い服をリタが着るようになって、僕はすぐに悩ましい事態に直面した。
リタが体をねじったり下を向いたり僕に抱きつこうとした時など、何かにつけて胸の谷間が見える。
首まであるかっちりした服ばかりをリタは着ていたので、今まではリタの胸の谷間なんて見たことがなかった。
更にリタは、以前にも増して僕にくっついてスキンシップを取ろうとする。
もしかしたら、前にリタへもう僕も大きくなったのだから事あるごとに抱きつかないで欲しいと言ったのが原因かもしれない。
嫌だと即答されて、しばらく強制的に顔をリタの胸に埋める形で頭を抱きしめられた後、
「ヨミは、私にくっつかれるの嫌い?」
と、か細い声が聞こえて、顔を上げれば悲しそうな顔をしたリタがいた。
次の瞬間、僕はリタを抱きしめながらそんな事無いと謝っていた。
良かったとその後嬉しそうに笑うリタの顔を見て、僕は胸が苦しくなった。
リタは僕と出かける時、手を繋ぎたがる。
小さい頃は人の多い町で迷子にならないようにという事だったんだろうけど、リタとはぐれても自力で家に帰ることができるようになった今でもそれは続いている。
手を繋いで、リタと並んで歩けば最近は身長差もあるのでリタを見ると、同時にリタの胸元も覗き込む形になる。
上目遣いで僕を見上げながら話してくれるリタは、とても可愛い。
昔は見上げていたリタの瞳も今では僕より下にあって、この人はこんなに小さかっただろうかと思う。
リタに話せば、ヨミが大きくなったんだよと笑っていた。
手を繋ぐのだって昔は大きなリタの手に包まれて繋いでいた。
でも今は、僕がリタの手を包んで繋いでいる。
だけど、僕から見たら小さなリタのその身体には、この国の誰も敵わない程の力が秘められているのだ。
魔族最強の魔術師、国を救った英雄と聞いても、聞いた話なのであまり実感は湧かないけど、それでも昔からリタを側で見ていれば、リタがとんでもなく強いという事だけはわかる。
そしてリタが自分より弱い相手には異性として全く惹かれないという事も。
だけど、最近のリタの様子はどうだろう。
魔王様が選んで魔王様から贈られて来た服に身を包み、町の人からその服を褒められれば嬉しそうにはにかむ。
そりゃ褒められたら誰だって嬉しいだろうけど、なんで全身魔王様から贈られてきた服なのか。
最初、リタは恥ずかしいからといって着なかったじゃないか。
魔王様から贈り物と一緒に熱烈なラブレターでも受け取ったのだろうか。
十分ありえる可能性にゾッとする。
もし仮にそうだとしたら、リタも満更じゃないという事じゃないか。
ある日家に帰ると、丁度部屋から出たばかりのリタとぶつかって小さな悲鳴が聞こえた。
すいませんと倒れたリタの方を見て僕は固まった。
バスタオル一枚のリタが目の前で尻餅をついていた。
「え、えっとね、今日ちょっと服を汚しちゃってね、お風呂に入ろうとして着替えを忘れたことに気が付いて、その……」
流石に恥ずかしかったのかリタが焦った様子で身振り手振りで説明するけど、そのせいでタオルがはだけかかっている。
そしてタオルの丈のせいで太ももの上が見えそうだ。
僕は慌てて目を逸らして、床に落ちていたリタの着替えをリタの体を隠すようにして手渡す。
「僕は後ろ向いてるので早く風呂場に行ってください」
「あの、今まで何度も一緒にお風呂入ってるんだしそこまで気にしなくても……」
服を渡してすぐに後ろを向いて言えば、背後から恐る恐るといった様子でリタが話しかけてくる。
「僕が気になるんです。じゃあ僕部屋に行きますから」
それだけ言うと僕はそのまま自分の部屋に入った。
そしてすぐにドアの前に座り込む。
なんなんだ今のは。
僕の足元で尻餅をつきながら胸元のタオルを押さえていたリタの柔肌が脳裏をちらつく。
そして先程のリタの言葉を思い出して、リタにとって僕は裸を見られたところで痛くも痒くも無い存在であるらしいことに、やるせなさと怒りのようなものと、それとはまた別のドロドロとした欲望を感じた。
また別の日、リタは夜寝る前の僕の部屋を訪ねてきた。
「ねえヨミ、この寝巻き、どう思う?」
もじもじしながらリタが意見を求めてくる。
そんなリタが着ていた薄物は、随分と扇情的な物だった。
まず布が体のラインが透けて見える位薄い。そして当たり前のように胸の部分を覆っている布も透けている。
胸の少し下辺りに薄物を左右で繋いでいるリボンがあって、リボンをほどけば前が全部はだけてしまう作りだ。
隠すべき物が全く隠せていない。
実際のところ今、リタの体を隠しているのはショーツだけだ。
それも左右をリボンで止めているだけの頼りない物だ。
僕は生唾を飲む。
ベッド脇の棚の上に置かれたランプの明かりで、薄暗い中にリタの白い肌が浮かび上がる。
あまりの事にそのままベッドから動けず言葉を失っていた僕に、リタは自分の言ったことが聞こえなかったと思ったのか、そのまま僕がいるベッドに上がって少し不満そうな顔で僕の顔を覗きこむと、もう一度さっきと同じ質問をする。
もしかして誘われているのではないだろうか、なんて一瞬僕が思ってしまったとしても、これは流石に仕方ないと思う。
とりあえず今は、布団の中で立てている膝を伸ばすことは出来ない。
まるで懇願するかのような顔で僕を見つめてくるリタを前に、僕はリタに男として全く見られてなくて、今更裸ぐらい見られたところでどうでもいいと思われているという過去の教訓を必死に頭の中で繰り返す。
それと同時にある一つの答えが浮かんで、さっきからうるさかった心臓の音は途端になりを潜めた。
同時にどす黒い感情が僕を支配していく。
「なんだか寒そうです」
「それだけ?」
「それだけです」
不満そうな顔をするリタの肩をつかみ、そのまま後ろを向かせると、僕はそのままリタを部屋の外に追いやってリタがこちらを振り向く前にドアを閉めた。
「今日は疲れているのでもう寝ます。おやすみなさい、リタ」
なるべく感情を出さないように言えば、ドアの向こうからおやすみ、と寂しそうな声が聞こえてリタの気配がドアから遠ざかっていった。
リタはきっと、本命の魔王様にいきなりあの姿を見せるのには勇気がいるので、別に裸を見られても困らない僕で予行演習がしたかったのだろう。
そしてあんな姿で寝室を訪ねた時点でやることなんて決まっている。
アレはリタが自分で用意した物なのか例のごとく魔王様から贈られた物なのかは知らないけど、どちらにしろリタが他の男の前であんな格好をするなんて許せない。
だけど僕の許しなんか必要ないし、そんなものは無意味だ。
魔王様がリタの事を好きなのは周知の事実だし、リタも魔王様のことを好きだというのなら、僕にとやかく言う資格なんて無い。
でも、そんなことでこの十年近く募らせ続けたこの想いを諦めることなんて出来ない。
他の誰かのものになってしまうのならいっそ、とも思った。
リタは僕に対して油断しきっているのだから、隙を付いて体に触れて微弱な電撃を流せばリタの魔法の発動も阻害できるかもしれない。
そうなったらリタは……
そこまで考えて僕は頭を振った。
一体何を考えているんだ僕は。
そんな事したってリタが僕を好きになってくれる訳でも無いのに。
むしろ完全に嫌われてしまうだろう。
そんなのは嫌だ。
好きの意味が違っていても、僕はリタのことが大好きだし、リタにも僕の事を好きでいて欲しい。
それと、リタにはいつも笑っていて欲しい。
だけど、どうしても魔王様とリタを祝福する気にはなれなかった。
朝、いつものようにまだ日が昇り始めたばかりの頃に目が覚めると、僕のすぐ隣に昨日僕の部屋を訪ねてきた時のままの格好のリタが隣で寝ていた。
ぼんやりと働かない頭で、これは夢なんじゃないかと思った。
特に何も考えず胸元のリボンを引っ張れば、簡単にその薄着ははだけた。
腹から腋の辺りまで手を滑らせて、そのあまりにもリアルな感覚やリタのくすぐったそうな寝息に僕は慌てて体を起こした。
「何やってるんですかリタ!」
こんな感覚がはっきりした夢があるものか。
「ん~、おはようヨミ」
布団を手繰り寄せながらベッドの隅まで後ずさった僕を尻目に、気だるげな様子で目をこすりながらリタが体を起こした。
改めて僕がリタに何をやっているのかと尋ねれば、夜トイレ行ってそのまま部屋間違えちゃった。と茶目っ気たっぷりに言われた。
そんな訳があるか。
今までそんなこと一度も無かったし、わざわざこんな格好した日に限って初めてうっかり間違える訳がない。
一体リタの目的は何なんだ。
覚醒しきらない頭で考えるものの、昨日既に答えは出ていたのですんなりとリタの行動理由はわかった。
だけどこんなのはあんまりだ。
自分は全くその気がないのにわざわざこんな格好してベッドに忍び込んできて、僕の反応が思わしくないとそんな悲しそうな傷ついたような顔をするなんて。
「リタ、ちょっとこれ羽織っててください」
今、僕の下半身を隠している布団とは別の毛布をリタに渡して身体を隠させる。
「なんなんですかその格好は。そんな格好で男のベッドに入る意味わかってます? 何されても文句言えませんよ。まあどうせ目的もそうなんでしょうが、そういうのは本当にそういう関係になってもいいと思っている相手の前だけでしかしちゃいけないんです。そもそも……」
まるで父親が年頃の娘を叱っているみたいだなんて思いつつも、しばらく僕の言葉は止まらなかった。
リタがベッドに潜り込んで来た時点でもう押し倒してしまえば良かったんじゃないかとも思ったけど、恨み言のような説教を延々リタにしている今はもう完全にそんなタイミングは逃していた。
当のリタは随分と気落ちしたような、泣きそうな顔をしている。
泣きたいのはこっちだ。
「ヨミは私のことが嫌い?」
潤んだ瞳で上目遣いをしながらリタが聞いてくる。
この人は、僕がそんな顔されたら逆らえないのを知っていてわざとやっているんじゃないだろうか。
「そんな訳無いじゃないですか! ただ、そんなにいつまでも…………あの、僕も一応男なんですけど」
そんなことを考えるよりも前に僕はリタの言葉を否定していた。
完全に手の上で転がされている。
だけど、この人はわかっているのだろうか。
僕も男で、リタの身体に欲情してしまうことを。
「知ってるよ?」
首をかしげてそう言いながらリタは僕の頭に手を伸ばす。
やっぱりこの人は何もわかってない。
「いつまでも子ども扱いしないで下さい!」
リタの手を払いのけて言い放つと、僕はそのまま部屋を飛び出し、ググに乗って空へ飛び立った。
少しでも早くこの場を逃れたかった。
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