第10話 初めての贈り物

 魔法石を求めて山に入った僕達は、この山の魔物の強さに戸惑っていた。

 山に入ってすぐに狼の魔物に襲われたアベルは、逃げようとして木の根につまずいて転び、アベルを起こそうとしたロニーは後から来た狼に左腕を噛み付かれた。

 ロニーに噛み付いた狼は、頭を殴ればすぐに口を離してその場へ倒れたけど、遠吠えで次々に呼び寄せられる狼達に僕らはすっかり囲まれてしまう。


 その男の人は突然現れた。


「お節介だったら失礼。危なそうだったので、つい手を出してしまった」

 狼達を蹴散らしながら、さらりと言うその人の無駄の無い動きに僕達ら呆然とした。


「ありがとうございます、助かりました」

 男の人は瞬く間に僕らを囲んでいた狼達を倒し、それを見た残った狼達もすぐに逃げて行った。

 

 倒れている狼達の体を調べてみたけれど、魔法石らしき物は見つからない。

「魔法石というのはそう簡単に見つかる物では無いよ。でなければ特殊な力が備わっているとはいえ、小さな宝石一つにあれほどの値段はつかない。それより、怪我もしている子もいるようだし、私は先に進むが、君達はもう帰った方ががいい」

 彼は僕達にそう忠告すると、そのまま山道を進む。


「もうリタさんに迎えに来てもらうしかないのかなぁ……」

 しかしそう僕が呟いた瞬間、彼は僕達の元へ駆け寄ってくる。


「つかぬ事を尋ねるが、君達はどこから来たんだい?」

「プーリャの、ノフツィという町からですけど……」

 戻ってきた男の人質問に答える。

「そのリタさんという人は、桃色の髪に赤い目の、魔法に秀でた美しい女性じゃないだろうか」

 ……どうやら、この人はリタさんの事を知っているようだった。




 現在、僕達三人はカミルと名乗る先程の男の人に、高そうな店の個室で昼食をご馳走になっている。


「君達はリタさんの知り合いだったんだね」

 ニコニコ笑いながら、男の人が僕達に話しかける。

 ちなみにロニーの怪我は、あの後すぐに山の出口付近にいた回復魔法が使える魔術師の人に治してもらった。

 治療費は全額カミルさんが出してくれた。


「あの……助けてくださってありがとうございました。僕はノフツィの肉屋のブラスの息子のアベルといいます。ところで、カミルさんって何者なんですか?」

 一番年長のアベルが口を開く。


「通りすがりのリタさんをお慕いしている者さ」

 カミルさんは、胸を張って自己紹介になっていない自己紹介をする。

「他の二人はなんという名前なんだい? ああ、食べたい物は何でも注文するといい」

「いただきます。ノフツィの定食屋のメアリーの息子のロニーです」

 嬉しそうにロニーも自己紹介をする。

「僕は『糧無山かてなしやま』のリタの家族のヨミです」


 男の人の目がギラリと光った。


 僕は、何かドジを踏んだのかと少しあせる。

「そうか。君がヨミ君なんだね。ヴィクトリカから話は聞いているよ」

 カミルさんは爽やかな笑顔を浮かべて、僕に話しかける。


 ヴィクトリカさんから僕のことを聞いている?

 

 つまり、リタさんだけでなく、ヴィクトリカさんとも交友ある人物?

 ……ここで浮かんだ推測に、僕はまさかと思った。

 でもよく見れば、靴も服も動きやすそうだけど、山に入る格好とは思えない程上等な手入れの行き届いた物を身につけている。

 強いし、お金も持っているようだし……。


 この人、魔王様じゃないか?


 いや流石に全魔族を束ねる王がこんな所にいるものかと思いつつ、僕は探りを入れてみることにした。

「先日は、僕の為にお守り用の石をありがとうございました」

 これならアベルやロニーにはわからなくても、もしこの人が魔王様なら何のことかわかるはずだ。


「ほう、ヨミ君は私が誰なのかすぐにわかったのか」

 カミルさんが少し驚いた様子で言う。

 本当に魔王様だった。

 そう思った瞬間、僕は一気に緊張してきた。


「は、はい」

「そうかそうか、でも誰にも言っちゃいけないよ」

 唇に人差し指を立てて、魔王様は何故か上機嫌そうに言う。


 魔王様はいろんな食べ物を、これでもかというくらい僕達に勧めてきた。

「子供はもっとたくさん食べないとだめだ」

 とか言いながら。

 アベルとロニーはおいしそうにテーブルに並べられた料理に舌鼓を打っている。

 魔王様は、ぶどう酒を飲みながらチーズをつまんでいた。


「時にヨミ君。最近のリタさんはどんな様子だい?」

 唐突に魔王様がリタさんのことをいてくる。


「実は以前、私もリタさんに結婚を申し込んでボロボロに負けたことがあるんだ」

 聞いてもいないのに過去にリタさんにボロ負けした事を話し出す。

 ローザさんからそんな話は聞いてはいるけれど、これはそんな簡単に話していいものなのだろうか。


「何、おじさんもリタさんに結婚を申し込んだことがあるの?」

 アベルが楽しそうに尋ねる。

「何年前になるかな……。私は自分の強さに酔っていた時期があるのだよ」

 魔王様が静かに話し出す。


 これは、全部話させて大丈夫な話なのか?

 細かい事は伏せたとしても話の内容からリタさんや魔王様の素性が特定されたりしないだろうか。

 かといって僕が話を遮るのも不自然だ。

 こうなったらお酒を沢山飲ませて、こないだのリタさんみたいに眠ってもらおう。

 万が一にもこの国で一番強いはずの魔王様が勝負に負けた話は、公にはされていないようだし、リタさんと魔王様の身内以外に聞かれるのはまずいはずだ。


「おかわりはいかがですか」

「ヨミ君は気が利くなぁ」

 魔王様は嬉しそうに僕が注いだぶどう酒を口にする。


「昔の私は、自分の言うことを聞かない者は、誰かれ構わず力ずくでねじ伏せて、最終的には自ら進んで言うことを聞きにくるようになるよう仕向けていたものだ」

 どこか遠い目をしながら魔王様が語りだす。


 今、さらっと恐ろしい事を聞いた気がする。


「しかし、彼女と出会って私は新しい価値観を知ったのだよ」

 少なくなったぶどう酒を一気にあおると、魔王様の瞳が輝いた。

 すかさずおかわりを注ぎつつ、ぶどう酒をもう一本注文する。


「リタさんに敗北した時、私は生まれて初めて胸がときめいた。それまでの私のプライドを土足で踏みにじるが如く手酷くふられ、えもいわれぬ快感を覚えた」


 ……今この人なんて言った?


 言葉の意味がわからない。

 でも魔王様は恍惚こうこつとした表情で語っているので、少なくともリタさんに対して恨みを持っている訳では無さそうだ。


「自分の思い通りになることが全てじゃない」

 静かに首を振りながら魔王様は言う。


 よくわからないけど、アベルとロニーの顔がひきつっている。

 魔王様は雄弁に語る。


「リタさんが手酷く私をふってくれたおかげで私は真の喜びを知り、同時に初めて私は家のためでも家族のためでもない私自身のための夢を持った」

 嬉しそうに魔王様は続けた。


「誰よりも無垢で純粋で残酷なリタさんを私の理想の飼い主に調教したい」

 うっとりとした様子で魔王様が囁くように言う。


 調教ってなんだ?

 僕が首をかしげれば、アベルとロニーが固まっている。

「まあ君達はまだ子供だから、この崇高な喜びはわからないだろうな」



 す う こ う な よ ろ こ び



 なんだか危険な雰囲気がする言葉だ。

 その後も魔王様の理解不能な言動は続いた。


「私の思いは伝わらないが、むしろ伝わらない方が喜びがふつふつと沸きあがってくる」

 緩みきった顔で魔王様は言う。


「リタさんに勝てないといつまで経っても結婚できないが、この際事実婚でも良いと思っている」

 突然、真面目なキリッとした顔になったかと思うとそんなことを言い出す。


「だがそうは言っても、勝てる見込みが無い訳じゃない。死闘に持ち込んで、負け判定の基準を下げればまだ勝機はある」

 そして不敵な笑みを浮かべる。


「一度倒した相手に負けて屈辱に歪む彼女の顔はきっと扇情的せんじょうてきなのだろうな。そしてその後、怒りを浮かべた彼女の数十倍返しの報復を、この全身全霊をもって受け止めるのだ……!!」

 自分の体を抱きしめながら嬉しそうに震えていた。


「なんならヨミ君は私のことを『お父さん』と呼んでくれてもいいんだよ。リタさんの連れ子なら、私も自分の子供として迎える用意はある」

 かと思えば、ニッコリと人のいい笑顔を向けてそんなことを言ってくる。


 さっきから十本近くぶどう酒を飲んでいるのに顔色は全く変わらないし滑舌かつぜつもはっきりしている。

 しかし目は据わってどこを焦点も定まっていない。

 もしかして、顔に出ないだけで、この人は今、物凄く酔っ払っているのかもしれない。

 潰れる気配は全く無いけれど。


「しかしもし彼女と結婚した場合、私は彼女を何と呼んだらいいだろう。リタか、それともエッタか……」

「エッタ?」

 魔王様がうっかりリタさんの本名の愛称をこぼしてアベルがそれを聞き返した時、僕は静かに席を立つと魔王様の後ろに回りこみ、そのまま腕で首を締め上げた。


 もう、この人は一旦強制的に黙らせた方がいいと思う。


 このままではリタさんや魔王様の知られてはいけないような情報が駄々漏れになってしまう。

 なにより、なんか腹が立つ。

 何に対してなのかはわからないけど。


 魔王様はお酒も入り、子供相手だったせいか、すっかり油断していたようだ。

 リックさん直伝の絞め技はあっさりと入り、魔王様は最初もがいていたけれど、最終的には僕の腕に魔王様の手形がくっきり付くまで掴まれた程度で済んだ。

「ヨミ! お前いきなり何やってんだよ!?」

 慌てた様子のアベルの声で我に帰る。


 そういえばこの人がいないと昼食代が払えない。お金は持っているだろうからこのまま魔王様をここに置いていけば問題は無いだろうけど、問題は帰りの足だ。

 さっき上機嫌な様子でノフツィまで送ってもらえると言ってくれていたのに惜しい事をした。

 うろたえるアベルとロニーををよそに、どうした物かと思っていると、ふと今朝リタさんから渡された布袋のことを思い出した。


 いざという時がどういう時なのかは知らないけど、もしかしたら何か役に立つ物が入っているかもしれない。

 鞄から布袋を取り出して中身を見れば、折り畳まれた紙と袋一杯の金貨が入っていた。

 紙には『一杯楽しんでおいで。ただし、ちゃんと帰りの交通費は残しておくこと』と書かれていた。


 金貨一枚で銀貨十枚分。銀貨一枚で銅貨二十枚分。

 ドラゴンの定期便の運賃が一人銀貨一枚。一番高かった常夜山への入山料が銅貨十五枚。

 子供へのお小遣いとしては少し額が多すぎるのではないだろうか。


 ちなみに伝票で確認してみたら、ここでの食事代は金貨六枚相当だった。流石高級店、値段も違う。

 でも、リタさんからのお小遣いのおかげでそれを払っても全然余裕がある。

 秘密を漏らさないためとはいえ、危ない所を救ってくれた恩人を絞め落としてしまったことも申し訳なく思うので、僕はテーブルの上に金貨を六枚置いてから店を出た。


「あんな強い人を酒飲んで油断してたとはいえ、絞め落とすってすごいなお前」

 店を出た時、アベルが呆れ気味に言った。


 ドラゴンの定期便に乗って帰る前に僕はロニーを治療してくれた魔術師のところ行き、腕の魔王様の手形を消してもらった。

 今は服で隠れているからいいけど、どうせ風呂に入ればリタさんにバレてしまうので、家に帰る前には消しておきたい。

 怪我と言う程ではないけれど、下手な言い訳をしてリタさんを心配させるのは嫌だ。


「まあヨミの気持ちもわからなくもない。自分の親をそういう目で見てる男が擦り寄ってくるとなんか腹立たつし」

 アベルとロニーは僕が魔王様を絞め落とした直後はうろたえてはいたけれど、その後は割と僕に対して同情的だった。


「ロニーのところは母ちゃん一人だけだもんな」

 帰りのドラゴンの籠の中で、アベルとロニーが話す。

 二人共僕に同調してくれているような感じだけど、僕は二人の言わんとしていることが今一わからなかった。


「そういう目って、何?」

 僕が尋ねればアベルが呆れたように

「なんだよ、知らないで怒ってたのかよ」

 と言い、ロニーがそれをそれをフォローするように僕の肩に手を置いた。

「まあでも、なんとなくはわかったから絞め落としたんでしょ」


 その後、僕はアベルとロニーに魔王様との会話でわからなかった箇所を説明してもらった。

 魔王様の特殊性癖について。

 被虐ひぎゃく趣味というらしい。

 簡単に言うと他者から受ける肉体的・精神的屈辱を不本意ながら楽しんでしまうというものだそうで、特に魔王様のリタさんに対するそれは性的な色をより強く感じられたとも言っていた。


「そんな変態的な趣味の奴が身内にご執心とか嫌過ぎるだろ」

「でも、一応窮地を救ってくれた恩人だし、お陰で美味しい料理も食べられたからあんまり悪くは言えないけどさ」

 アベルとロニーが口々に言う。確かに、それは嫌かもしれない。


 でもそれ以上に僕が嫌だったのは、あの人がまるでもうリタさんは自分の物であるかのような物言いをしだしたからだ。

 魔王様なら、現状この国の誰よりもリタさんを倒して結婚できる可能性は高いんだろうし、最初僕達を助けてくれた時は僕がリタさんの身内だとは知らない状態だったのに助けてくれた訳で、悪い人では無いのかもしれない。

 でも、リタさんがあの人に取られるかもしれないと思うと、なんだかむかつく。


 とりあえずリタさんが変な趣味を押し付けられるのは阻止したい。




 町に戻って、メアリーさんの店に行けば、いつもと変わらない様子でリタさんがメアリーさんや店の常連の人達と楽しそうに話していた。

 僕に気付いてお帰りと微笑んでくれるリタさんに、自然と口元が緩む。


 その後リタさんと家に帰った僕は、今日あった出来事を沢山話した。

 生まれて初めてドラゴンに運ばれて空を飛んだこと、ビウラの町はどこを見ても人で溢れかえっていたこと、料理はとても美味しかったけれど、ノフツィの料理も負けていないと思ったこと、洞窟で宝石を取ったこと。

 そして洞窟の話をした所で、鞄にしまっていた、リタさんの瞳とそっくりの赤い石を出す。


「リタに似合いそうだなって思ったから、これ、お土産です」

 内心かなり緊張しながらリタさんに差し出す。

 でも考えてみたら、貴族のご令嬢は小さい頃から宝石も魔法石も見慣れているはずだ。

 こんな三人で取った分全部合わせて銅貨五枚にも満たない買い取り価格しかつかなかった原石なんて、リタさんからしたらただの石ころかもしれない。

 今更になってその事に気づいて、僕は後悔した。


 しかもいつまで待ってもリタさんからの反応がない。

 もしかして僕のお土産があんまりにもお粗末すぎて呆れて言葉も出ないのかも知れない。

 恐る恐る顔を上げてみれば、そこには両手で口元を押さえながら目にうっすら涙をためているリタさんがいた。

 泣く程嫌だったのかと血の気が引く。


「これ、私に? 貰っていいの? 嬉しい」

 だけど、僕の予想に反してリタさんからの言葉は好意的なだった。

「ふふっ、すごくきれいな色。似合う?」

 僕から石を受け取った後、それを胸元に持ってきてリタさんが笑う。


「はい、とっても!」

 どうやら喜んでくれたらしいと僕もわかって、嬉しさと達成感が胸の奥から湧き上がった。

「何にしようかな、ネックレスも良いけど、ブローチも良いかな」

 子供のようにはしゃぐリタさんに僕まで楽しかくなる。


 ブローチにされたその石は、ここの所毎日リタさんの胸元に光っている。


 リタさんが気に入ってくれたらしいそれを見ると僕は嬉しくなる。

 だけど、知り合いに会う度に自慢するようにブローチの事を話すのは、恥ずかしいのでやめて欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る